吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

マイレージ、マイライフ

 ジェイソン・ライトマン監督つながりで、「ジュノ」に続いて本作を。


 演出も脚本もよし。ジョージ・クルーニーは久しぶりにいい男。


 して、そのジョージ・クルーニーが演じるのは、リストラ宣告男ライアン・ビンガム。リストラを言い出せない気弱な上司に代わって宣告してあげる専門職だ。ほんとにそんな仕事があるのか? そんな仕事を専門とする会社がアメリカにはあるのか? 唖然としてしまったが、事の真偽は不明(原作本には「ある」と書いてあるらしいが、未確認)。確かにいま、日本でも分社化が進んでいるし、総務部を丸ごと分社化するというケースも珍しくなくなってしまった。その伝で言えば、これは究極の分社化、外部化だ。人事を外部化するに留まらず、リストラ宣告という一つの業務のみを外部化して専門家に任せてしまおうという発想だ。


 ライアンは全国は言うに及ばず海外も含めて飛び回り、一年のうち322日を出張に費やすという仕事人間。彼のモットーは「バックパックに入りきらない荷物は背負わない」。つまり、本気で愛する恋人も、お荷物となる家族も要らないというわけ。彼の唯一の生き甲斐は「1000万マイルを溜めて、史上7人目の達成者として特別なカードを手に入れること、その特典として機長と話をすること」だ。そんな彼が、自分と趣味や価値観の合うキャリアウーマン・アレックスと出会い、すっかり意気投合してベッドイン。人生は自分の思い通りの順風満帆と思いこんだ彼の前に、今度は大学を出たばかりの小賢しく若い女性が現れる。彼女の名はナタリー。ナタリーは、経費節減のために出張をとりやめ、リストラ宣告をインターネットカメラを使った遠隔装置で行おうと社長に提言したのだった。ライアンの生き甲斐である出張をとりあげ、さらにはライアン自身をリストラの危機に陥れるかもしれない女性ナタリーと、あろうことか一緒に出張旅行に出かけることになってしまったライアンは、若いナタリーの研修役を社長から命令されたのである。果たして二人の旅はどうなる? 1000万マイル到達危うし?!


 ライアンは出張のプロだから、荷物作りも実に手際よい。空港のチェックインもどうすれば時間を無駄遣いしなくてすむか、心得ている。そのきびきびとした動きには惚れ惚れするわ! ライアンとアレックスの出会いの場面がまたしゃれていて、実によろしい。二人がラウンジで機内セックスの話題で盛り上がる場面なんて、可笑しくってたまらない。このあたりの間合いの取り方が絶妙だ、実にうまいよ、ジェイソン・ライトマン監督。そのままベッドインのシーンへと繋がるのだが、二人のセックスシーンは一切登場しないにも拘わらず、下ネタの会話が軽妙で色気たっぷり。思わず「おお」と感動してしまった。


 ライアンは冷酷なリストラ宣告男には違いないのだが、彼なりに宣告相手には気を遣い、落ち込ませないように努力している。だが、若いナタリーはそんな経験もないし、人と人の繋がりをネットの世界だけですませて事足れりとする世代の人間だ。ここで面白いのは、ライアンが恋人アレックスとも深いつきあいに踏み込もうとしないことをナタリーに非難される点。相手にまともに真面目に向き合うべきだと若い女に説教されてしまう、中年のおじさんが、意外なことに素直に彼女の言葉に耳を傾けるようになる。人生の転機なんてどこに転がっているかわかったもんじゃない。彼とて、自分の立場を危うくするナタリーの登場で思うところがあったのかもしれない。姉が離婚の危機を迎えたり、妹が結婚するといった家族の変化も彼の心境に影を落としたようだ。


 しかし、これまで非情な世界に生きてきたライアンにそう簡単にはハッピーエンドは待っていてくれない。この映画は、人生の生き直しには代償が必要なことを描いている。誰も傷つけずにはいられないし、自分自身を傷つけずにも生きていけない。生き直しとはつまり、それまでの自分を棄てることだし、棄てる勇気がなければないなりに、上着を脱ぐだけでもいいのかもしれない。しかしそれにしたって、着慣れた上着を脱ぎ捨てるのには勇気がいるだろう。ライアンはこれからも過酷な世界で生きていくのか? それとも…。含みをもたせたラストシーンが切なさを漂わせて味わいある。


 ケータイだけでつながるような人間関係が本当に人との大事な結びつきと言えるのか? という、まっとうな疑問がこの映画のテーマであり、深刻な失業問題を真正面から取り上げたことがタイムリーである。ライトマン監督はコメディのつもりで書き始めた脚本の完成が何年もかかっているうちに、現実の深刻な不況に直面して笑い事でなくなってしまったと語っている。そして彼は「本物の声を聞きたい」として、実在の人物たちが自身のリストラ経験を語る場面を挿入している。これがかなり身につまされるケースばかりで、また、逆に言えば、リストラされてそれがなんぼのもん、と開き直っている人がいなかったのが不思議といえば不思議だ。


 失恋と解雇はどちらがショックなのだろう……。働くとはどういうことなのか、働くことによって人は人と繋がるのではないか、リストラって、それは労働者にとって何を意味するのか? などなど、深くて重いテーマを批判を込めて描いたこの作品は、タイムリーな労働問題を考える上でも大きなヒントを与えてくれる作品だ。ちなみに、日米の労働法制、労働契約法などについて知りたい人はエル・ライブラリーで勉強しましょう(^^)。


 ※エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)……労働問題の専門図書館です。http://d.hatena.ne.jp/l-library/

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UP IN THE AIR
109分、アメリカ、2009
製作・監督・脚本: ジェイソン・ライトマン、原作: ウォルター・カーン、共同脚本:シェルドン・ターナー、音楽: ロルフ・ケント
出演: ジョージ・クルーニーヴェラ・ファーミガアナ・ケンドリックジェイソン・ベイトマン、ダニー・マクブライド、サム・エリオット