
わたしの後ろの席のおばさん二人、上映開始15分過ぎたぐらいのときにごそごそし始めて「面白くないなぁ」「帰ろか」と退席してしまいました。ひえー、こういう人は久しぶりに見ましたよ。アホですねぇ、後になるほど緊迫感が高まって面白くなるというのに…。
アメリカでは知らない人はいないといわれているほどの有名人らしいが、わたしはちっとも知らなかった「ジェシー・ジェームズ」という強盗殺人犯は、義賊として祭り上げられることもある実在の人物だ。34歳で仲間に暗殺されてしまったのだが、死後もなお人気は衰えることなく、いまだに語り継がれていて、何度も映画化されている。
主人公はジェシー・ジェームズなのか、キャストのクレジットはタイトルロールを演じたブラピがトップだけれど、これはジェシーの物語ではなく彼を暗殺した20歳の若者ロバート・フォードの物語だ。演じたケイシー・アフレック(ベン・アフレックの弟)はこれで今年のオスカー候補になっている(結果はもうすぐわかります)。
幼い頃からジェシーのことを描いた三文小説を読みまくって憧れを募らせたロバートは、いざジェシーの仲間になって側に侍るようになると、いつしかジェシーに失望を抱くようになる。愛が憎しみに変わるのはそれほど時間がかからない。愛すれば愛するほど憧れれば憧れるほど、気難しいジェシーに近づけない苛立ち。仲間をも信じられないジェシーは、かつての仲間を殺していく。
この映画は、ジェシーとその仲間たちとの、見ていて背中が痛くなるほどの心理戦を描いたサスペンスだ。西部劇とはいえ派手なアクションはまったくなく、それよりも人間ジェシーの底知れない恐怖――それは彼自身が抱く恐怖であり、彼が周囲の人間に与える恐怖でもある――を静かな緊迫感の中に描いた。ブラッド・ピットが怖い。ひたすら怖い。彼がかつて見せていた甘さはこの映画ではみじんもなく、猜疑心と癇癪持ちの男ジェシーになりきって、その瞼ひとつの動かし方で観客をも怖がらせる見事な演技を見せてくれる。
特筆すべきは撮影監督ロジャー・ディーキンスの手になる雄大な風景描写。矮小な人間存在の感情の機微などひと飲みにしてしまいそうな雲の動き、荒涼たる冬の山並み、寂しい牧場、それらの一つ一つが、登場人物たちの荒んだ気持ちや孤独を表す。この風景は大スクリーンで見てこその醍醐味だ。
本作は、ジェシー暗殺の場面では終わらない。ジェシーを暗殺してからのロバートの行く末がまた興味深い。憧憬の的だったジェシーをロバートにとっての「父」と仮象すれば、この物語は父殺しの物語でもある。父(のような存在)に憧れ、父になろうとし、父を殺すことによって父を乗り越える。しかし、乗り越えたと思った父の偉大さにはしょせんは勝てないのだ。父殺しロバートはその責めを負わねばならない。乗り越えたはずの「父」の亡霊に取り憑かれたように父殺しの場面を芝居に仕立てて繰り返し演じるロバートの姿は大切なものを永遠に失った悲哀に満ちていた。
冬の寒風に吹きさらされているような寂しくつらい後味の残る渋い西部劇。ほんとの大人だけ、必見。(PG-12)
---------------
THE ASSASSINATION OF JESSE JAMES BY THE COWARD ROBERT FORD
アメリカ、2007年、上映時間 160分
監督・脚本: アンドリュー・ドミニク、製作: ブラッド・ピットほか、原作: ロン・ハンセン、撮影: ロジャー・ディーキンス
音楽: ニック・ケイヴ、ウォーレン・エリス
ナレーション: ヒュー・ロス
出演: ブラッド・ピット、ケイシー・アフレック、サム・シェパード、メアリー=ルイーズ・パーカー、ジェレミー・レナー、ポール・シュナイダー