吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

眉山 -びざん-


 松島奈々子が娘で、母は宮本信子。末期ガンの母と一人娘の葛藤と愛情を描いた作品。未婚の母として妻子ある人の子どもを生んだ龍子こと「神田のお龍さん」のきっぷのよさがいきなり画面にぶつかるように登場する場面、あまりに芝居がかった宮本信子の台詞回しに思わず腰が引けたが、これが実はお龍さんの趣味たる人形浄瑠璃の語り口調がそのまま発露したものと納得すれば違和感は消える。 

 物語は母の許されざる恋と娘の生まれたばかりの恋が並行して描かれる。中高年観客にとっては若者の(といっても既に娘も32歳)恋よりも長い年月を耐えてきた母の恋のほうがずっと胸にしみる。

 プロットじたいはまったく陳腐なものであり、特にドラマティックな場面もないのだが、演出の間合いがいいため、物語にわしづかみにされて思わずのめり込んでしまう。とりわけ、父と娘が出会う場面は、ものすごい緊張感に息が詰まるほどだ。何も盛り上がらない。むしろ、抑えに抑えた父と娘の感情が互いを見つめ合う視線のからみで激突するのみで、台詞はいたって淡々と展開する。松島奈々子がちょっと力みすぎているのが気になるが、受け手になる夏八木勲が父としての抑えがたい愛情と驚愕を精一杯静かに演じたことが印象的。この静かな緊張感みなぎる場面でわたしはぽろぽろと涙をこぼしてしまった。

 若き日の父の恋文を読み、そこに描かれた心躍る想いの数々を娘はどのように受け止めただろうか? 母へ当てた父の恋文。「君と別れてすぐにこの手紙を書いています……いつも通る神社の道も、君と一緒に歩けばまったく違って見えます」という情熱のほとばしる手紙をいつまでも大事にとっていた母が形見として娘に遺そうとしたその思いを、娘はどのように受け止めただろうか。父を知らずに育った娘は一目父に会いたいと願い、母が末期ガンであることを知らせたかった。

 映画のクライマックスは阿波踊り。「踊るあほうに見るあほう、同じあほなら踊らにゃ損、損」。この踊りがこれほどまでに迫力あるものとは思わなかった。劇場で見ていればさぞやその迫力にため息が出たであろうに、DVDで見たのは実に残念。しかしそれでもなおやはり迫力とバリエーションのある踊りの数々には圧倒された。これ、高知のよさこいとどっちがすごいのだろう?

 非日常的な祝祭の場では何が起こっても不思議はない。祝祭空間では奇跡も起きる。ドラマを盛り上げるためにしつらえられた設定も、年に一度の阿波踊りというクライマックスの時にあっては観客を納得させるような偶然の邂逅もまた生まれる。いやそれは決して偶然ではない。求め合う魂と魂が阿波踊りの夜にひととき火花を散らすように出会ったことは、引き寄せ合う愛の強さが年月の流れにも勝ったということの証左なのだ。

 頑なに仕事に生きてきた娘も早や32歳になった。気丈な母とのかすかな葛藤や、他者を寄せ付けないような仕事人間ぶりが描かれた巻頭と見違えるように彼女は柔らかく美しくなる。母の病気と父の存在を知った娘は、我知らず父と同じ職業の男に恋をして、彼の前に自分を開いていく。娘は自らが恋することによって母の恋をもまた理解する。母と娘の愛を描いて静かに静かに幕を閉じるこの物語は、眉山という徳島の小高い山を背景に、そこに生きる人の「故郷への思い」を通奏低音に展開する。江戸っ子の母が眉山の麓で生きて死ぬことを選んだのは、そこが愛する人の故郷だったから。故郷とは、必ずしも生まれ育ったところを指すのではなかろう。死ぬまで江戸っ子の言葉をしゃべっていた母が、それでも徳島の人間としてそこに骨を埋めたことは、ひとえに愛ゆえだった。離れていても、会えなくても、何十年経っても、愛は消えない。

 今まで宮本信子を美人女優だと思ったことはなかったのだが、この映画ほど美しい彼女を見たことがない。齢を重ねてここまで美しくなれるというのは希有なことだ。犬童監督が実に美しく撮っている。というか、撮影監督の腕がいいのか。宮本信子の存在と演技に感服の2時間だった。

 いつか本物の阿波踊りを見てみたい。あのクライマックスの興奮を直に体験したい。いったいどのようにロケをしたのか、裏話をぜひとも知りたいという欲望にそそられた、そのような作品だった。(レンタルDVD) 

----------
眉山 -びざん-
日本、2007年、上映時間 120分
監督: 犬童一心、原作: さだまさし、脚本: 山室有紀子、音楽: 大島ミチル
出演: 松嶋菜々子大沢たかお宮本信子円城寺あや山田辰夫黒瀬真奈美 、永島敏行、金子賢本田博太郎夏八木勲