吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

スカイ・クロラ The Sky Crawlers


 飛行機酔いしてしまったために、途中かなり爆睡(^_^;)。おまけに、押井監督作品にしてはわかりやすくて、奥の深さがないところに不満も。

 世界の恒久平和が実現した時代、人々は戦争を欲していた。そこで、戦争は会社対会社のスポーツイベントのように繰り広げられるようになる。「ショーとしての戦争」とはいえ、本物の爆撃機が空中戦を行い、そこで戦う人命は落とされる。命をかけて戦争ゲームを行う戦闘員は永遠に思春期のまま大人にならない、戦死しない限り死なない「キルドレ」と呼ばれる(遺伝子操作の結果生まれたらしい)子どもたち。彼らは永遠の業のように、同じ人生を繰り返す。何度でも生き直し、何度でも愛し合い、何度でも別れる。そんな、「病気」としか思えないような時代と社会がこの映画の世界だ。まるで手塚治虫の『火の鳥』のよう。

 ハイデガーベルグソンを持ち出すまでもなく、わたしはちは「死」という絶対的な時間に向かって生き続けている。誰もが避けることの出来ない「死」。「死」があるからこそ、「死」を意識するからこそ、わたしたちの時間は動物の時間とは異なる。絶対の終焉が存在するからこそ、一回限りの生をいかに生きるかを考え悩むのだ。では、同じ生を何度も繰り返すことの空しさに果たして人は耐えられるのだろうか?

 押井監督は若い世代に希望を伝えたかったという。確かに、この映画に描かれていることは、「終わり無き日常を耐えて生きよ」という宮台真司的メッセージだ。同じ事を何度も何度も永遠に繰り返す日々。しかし、その繰り返しの中にもふと心が騒ぐ、昨日とは違う日常があるのだ。いや、「心が騒ぐ」ことすらなくても、それでも昨日とは違う風が今日は吹いている。そのことにかすかな希望を抱いて今日の日を生きようと、押井守監督はメッセージを発する。

 戦争をショーとして観戦するという態度は既に湾岸戦争のときからわたしたちにはお馴染みの風景だ。この映画ではその設定が徹底されているだけで、本質は今のマスコミ戦争報道とまったく同じ。イラク戦争でセンセーショナルに戦争報道することにより販売部数を増やそうとした浅ましい新聞がその証左。

 飛行戦闘シーンの3DCGについてはもはや何も文句はない。素晴らしいできばえであり、アニメは実写を超えたと既に「イノセンス」の時に書いたように、この作品では実写とアニメの垣根は存在しない。だから、映像的にはなんら文句がない。むしろ、モノクロ映像を使った場面には「機動警察パトレイバー2 the Movie」のときような凝ったカメラがなく、わかりやすさのほうに主眼が置かれていることにわたしなどは不満を覚える。それを「退行」と見るか、「独りよがりからの脱却」と見るかは人それぞれの評価だろう。

 永遠に大人になれない悲しさと切なさに耐えて生きることの困難を、それでも人は耐えうるとすれば、その力の源泉は「愛」にしかない。「愛」によって人は生かされ、「愛」によって人は殺される。最後にこの映画は訴える。「それでも愛は永遠にその時を恋人たちの上に刻み続ける」と。


 最後の最後に1カットがあるので、エンド・クレジットの途中で席を立たないようご注意。
 

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スカイ・クロラ The Sky Crawlers(2008)
日本、2008年、上映時間 121分
監督: 押井守、演出: 西久保利彦、プロデューサー: 石井朋彦、製作プロデューサー: 奥田誠治石川光久、原作: 森博嗣、脚本: 伊藤ちひろ、音楽: 川井憲次
声の出演: 菊地凛子加瀬亮栗山千明谷原章介