吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

朱い文箱から(アカイ フバコ カラ)

 鶴見俊輔『アメノウズメ伝』平凡社ライブラリー版のあとがきに、鶴見さんが
「この本の書評を田中美津さんが書いてくれた。岡部伊都子さんがエッセイを書いてくれた」
と書いていたので、興味を惹かれて手に取った本だ。

鶴見さんの本に触発されて岡部さんが書いた「オカメロン」という巻末のエッセイだけを読むつもりで図書館で借りたのに、ついついほとんど全部を一日で読んでしまった。

このエッセイ集は、古めかしさが漂うぐらい端正で上品な文体に清々しさを感じる逸品だった。標題になった巻頭のエッセイ「朱い文箱から」は電車の中で読んでいて涙がこぼれてそうになり、困った。

岡部さんの文箱(ふばこ)の中には昔、隣の家に住んでいた東京帝国大学医学部学生からもらった手紙が入っていて、そのことにふれたエッセイだ。その手紙は21歳の学生が14歳の伊都子さんに宛てた情熱的で難解な愛の告白である。
その人の気持ちに応えることができなかった当時の岡部さんだが、戦争で亡くなったその学生さんへの思いを込めて書かれたこの文章には、戦争への憎しみをかきたてるものがある。
岡部さんの兄も婚約者も戦争で亡くなった。いかに多くの若者が、ただ明日を生きて迎える、という簡単なことができなかったか。無念という言葉も空虚に響くような激しい悲しみに襲われる。

岡部さんは、戦争責任ということを深く考える。あの時代に世情に逆らって自分の言葉でものを言える人がどれだけいただろう。隣家の学生の母親は、その貴重な一人だったという。その「おばさん」の言動にまたわたしは感動してしまう。

学生の恋文など、読んでいて恥ずかしくなるような文章も挿入されているが、このエッセイは心打たれる珠玉のものだ。

そしてまた、岡部さんのナイーブな側面がよく現れたエッセイが、「ふたつの彫刻」。

舟越保武の彫刻「病醜のダミアン」
ゴーガンの彫刻「癩患者の像」

岡部さんは、この二つの彫刻に強い印象を受け、感動したという。そして、長らく交際のあるハンセン病療養所の患者に図録を送った。「素晴らしいものだ、ぜひ見てほしい」と彼女は素直に思って行動したのだが、その彫刻に元患者から「患者の醜悪な容貌を強調し、差別を助長する」という抗議があったことを知って、岡部さんは激しく反省するのだ。

この二つの彫刻が展示されることに元患者からのクレームが出、「表現の自由」をめぐってさまざまな議論を呼んだらしい。

岡部さんは、自分が元患者の痛みを知らずに無頓着で軽率な行動をとったことを反省して、次のように言う。

私が、元患者さんたち社会復帰者の心のいたみを感じないで、ゴーガン、舟越の二作品にすぐ感動したのは、なぜか

中略

 私が「いたみの前に感動した」自分に恥じて「ごめんなさい」とあやまったのは、それで事ずみとするためではなく、患者体験がない自分に欠けている認識の不足をわびるところからしか、真に近づく次がはじまらないからだ。このことがあったおかげで、今頃になって、かつて病者であった人びとにうずく心の残傷を思う。しんしんとひびく。


岡部さんの心の優しさや他者への感受性の深さには感動するけれど、なんで「ごめんなさい」と謝る必要があるのだろう。絵画や彫刻を見て感動する。それは作者の力強いメッセージを受け止めた素直な心根が受け取る本源的な感動だと思う。

それをまで否定して「ごめんなさい」と言う必要があるのだろうか。確かに、自分と同じような感動をすべての人が受けるわけではない。ハンセン病元患者にとっては不快なものなのだろう。そういうことに想像が及ばないのはしかし、その本人の精神の貧困さを表すのだろうか? わたしなら、最初に彫刻を見て感動したその気持ちを大事にしたいと思う。

元患者さんたちの怒りや悲しみはまた別次元の話だと思うのだが…



 書誌情報
 『朱い文箱から』岡部伊都子著. 岩波書店, 1995