吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

最近読んだ2冊の短評

ニート / 玄田有史著・曲沼美恵著 幻冬舎 2004年



 ニートとは、NEET(Not in Education,Employment,or Training)のこと。無業でかつ学校にも職業訓練にも就いていない者のことだ。
 その数、推定40万人。今後大きな社会問題になることは間違いなく(今や既に社会問題かも)、まずはニート問題への入門書としては嚆矢となる書だろう。ただし、突っ込みが浅く分析も浅いし、その上「フリーターなんて問題じゃない、問題はニートだ」とか言い出すので問題ありだ。
 インタビュー取材を通じた実態描写についてはなかなか引き込まれるものがあった。それに、「見せかけだけのタイプ別の類型化や安易な原因の追求は、気をつけないと、個々の違いを無視する危険性すらある」という正論を書いていたことは共感できる。

 本書の分析が浅く、処方箋もあまり説得力がないのも仕方がない。ニート研究はその緒についたばかりなのだ。しかし、こういうものが研究対象になってしまうとは、いったいどういう社会になってしまったのだろう。働かなくても暮らしていける結構な世の中だと思うべきかもしれない。だがなぁ

  マルクスによれば人間の本質は労働だという。ではニートは人間ではないのか? ニート問題は現代社会と人間を考える本質的なものを含むと思うので、より深い洞察を今後期待したい。



いつか王子駅で / 堀江敏幸著 新潮社 2001年

 これはいい! 芥川賞を獲った「熊の敷石」よりさらにずっといい。冒頭の一文(ほとんど1ページ分ある)で早くも痺れてしまった。あとはずぅ~っと痺れっぱなし。この文体、堪りません。

 ストーリーなんてありそうで、、ない。主人公である大学の非常勤講師はふらふらとあてどなく東京のあちこちを彷徨う。
いや、あてどはあるのだ。古本屋へ行ったり図書館へ行ったり、電車を見たり、競馬場へ行ったり。
そこに流れる時間や風景がたまらなく懐かしくまばゆいばかりに羨ましい。

王子駅あたりの風景なんてわたしにはまったく馴染みがない。
それでも、そこに漂う空気に感染してしまうのだ。
町工場の旋盤工はわたしは父だ。日がな一日、本を探してゆく姿は若かりし頃のわたしだ。さして成績の上がらぬ中学生の家庭教師をする姿もかつてのわたしだ。

主人公「ぼく」が触れ合う人々に温かく好意的な視線を注ぐその有様が、この小説に登場するすべての人物に精彩と魅力を与える。

この小説のように知的に自在に言葉を操る文章には、ただそこに文字が並べてあるだけで心惹かれるものなのだ。

それにしても、昇り龍の正吉さんはどこへ行ったんだろう。気になる、気になる。