
13歳の少女にありがちな性的潔癖感と姉への嫉妬から、ついつい妄想と誤解にとりつかれ、嘘をついてしまったブライオニー。ささいな、しかし決然たる彼女の嘘が大きな悲劇へとつながる。その罪に気づいたとき、彼女に贖罪の道は残されていたのだろうか?
罪を犯したことを悔い、その罪とともに長い時を生きていた人の苦しみはいかばかりだろう。嘘の被害に遭った人の苦しみと、その苦しみを与えたことを悔い続ける人生と、どちらがつらいだろう? それはどちらも悲劇に違いない。時代が違えば、社会が違えば、また起こりえるはずもなかった悲劇なのだ。
幼なじみとして育った大富豪の令嬢セシーリアと使用人の息子ロビーは互いへの愛を素直に表現できないでいた。そしてついに、稲妻に打たれたかのように互いへの想いを知ったとき、二人は結ばれる。しかし、その瞬間こそが二人の悲劇の始まりだった。時代は1930年代。もうすぐ世界大戦の戦火が燃え上がろうとしていたときに、若い二人の恋ははかなくも引き裂かれる。
聡明で早熟な文学少女にありがちな想像力過剰、自分を中心にものごとを考え運ばないと気が済まないブライオニー。彼女の性格がもたらした<嘘>が姉セシーリアと幼なじみロビーの恋を引き裂くことになるとは。短い台詞と印象的なカットによって、登場人物たちの性格付けを見事に観客に提示してみせる監督の手腕はお見事。ただし、この微妙な心理は女性にはよく理解できても男性にはいまいちわかりにくいかもしれない。
緻密に練り上げられた脚本と演出により、わたしたち観客はこの物語が、ありがちな少女らしい「正義感」と、ありがちな「恋に素直になれない乙女心」の二つがぶつかった心理の葛藤としてリアルに受け止めることができる。自分で戯曲を書いてしまう多感で才能あふれる少女ブライオニーがいつもタイプに向かって文章を打っている、そのことがこの映画全体の伏線になっている。タイプライターを楽器にして曲をつけた映画というのはこれが初めてではなかろうか? この効果音とも打楽器音ともつかないタイピングの音が見事に緊張感を高める。さすがにアカデミー賞作曲賞をとるだけはある。
いろいろ見所のある映画だが、圧巻はやはりイギリス軍のダンケルクの撤退を描いたショットだろう。延々と長回しで移動撮影していくそのさまには、「映画史上に残るワンカット」を狙ったのか、というあざとささえ感じられるが、疲弊しきった軍隊の悲惨な様子をリアルに描いた手回しは素晴らしい。疲れ果てた兵士、しかしそれでもなお祖国に帰れることを待ち望んで希望にわく兵士たちの様子は、救出を目前にして病に倒れていく絶望で観客の胸を引き裂く。
ロビーが出征する前のセシーリアとのつかの間の逢瀬、二人が握り合う手のぬくもりのはかなさには涙をそそられた。そして、何よりも、贖罪を願い、姉とロビーに詫びるブライオニーの苦しさがわたしたちの胸を打つ。この贖罪は誰の心も癒すことがない。その苦しみを、ヴァネッサ・レッドグレイヴが振り絞るような演技で見せた。
本作は「プライドと偏見」よりも遙かに素晴らしい。脚本、演出、演技、どれをとっても見事に練り上げられた悲劇の王道。戦争さえなければ、階級社会でなければ、この悲劇は起きなかった。それゆえに反戦映画の一つと言える。そして何よりも、人はつねに後悔とともに苦渋を飲み込みつつ生きていかざるを得ない存在であるということを描いてみせた点で、現代に通じる普遍性を持つ。
「つぐない」はそのことが永遠に不可能になったときこそ、意味の光を放ち、人の心を射る。ラストシーンに漂う深い深い悲しみが、死者の魂を癒すものは生き残った者の言葉=エクリチュールであることをわたしたちに知らしめる。死者は語らない。死者の記憶はわたしたち生者が書き直す。書き直された記憶=歴史の中で死者は別の人生を生きる。そこには「生きることができたはずだった」人生と記憶がある。死者の未来は生者の過去とともにある。そして生者は永遠に過去の光から解き放たれず、死者に寄り添う。その悲しみから誰も自由にはなれないのだ。(PG-12)
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ATONEMENT
イギリス、2007年、上映時間 123分
監督: ジョー・ライト
製作: ティム・ビーヴァンほか、原作: イアン・マキューアン『贖罪』、脚本: クリストファー・ハンプトン、撮影: シーマス・マッガーヴェイ、音楽: ダリオ・マリアネッリ
出演: キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ、シアーシャ・ローナン、
ロモーラ・ガライ、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、ブレンダ・ブレシン、パトリック・ケネディ リーオン・タリス アンソニー・ミンゲラ