吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

レナードの朝


 事実に基づく難病ものには弱い。病と闘う患者本人、家族、医者のそれぞれの苦悩や思惑、誤解、葛藤が大きなドラマのうねりを生み出し、感動をもたらすからだ。

 この映画の時代は1969年。精神病院に入院している重症の脳炎の患者たちは数十年も「意識不明」の状態で、彼らの人生の時間を止めたままだった。そんな患者を何人も抱える精神病院に新しく雇われた医者は臨床の経験がない偏屈ドクター・セイヤー。重症の昏睡状態だったレナードにパーキンソン病の新薬を投与してみたら、驚くべき効果が現れ、ついに30年ぶりにレナードは昏睡から目覚めたのだった。意を強くしたセイヤー医師は他の患者にも新薬の投与を試み、患者たちは次々と目覚めていった――

 舞台は病院の中だけに限られているので、外の世界の様子はほとんど画面では描かれない。だが、時代背景と時を同じくしてか、目覚めたレナードがやがて「自我」を持って病院側に抵抗を始め、患者たちを煽動してアジテーションする場面はまるで若者の叛乱のようだ。

 レナードたちが1920年代に発症した「脳炎」というのはかつて「眠り病」と呼ばれていたという。ちょうどその頃、日本でも「脳炎」「眠り病」が流行して新聞紙上をにぎわせていたが、それと同じ病気なのかどうか興味がわいた。病気そのものについての説明はほとんどないため、詳しいことは映画を見てもよくわからない。ただ、セイヤー医師が非常に熱心に患者に対して根気よくつきあう姿が感動的に描かれる。臨床の経験がない学究肌の医師であったことが、新しい治療への情熱や好奇心を生む要因であったのかもしれない。

 積極的な治療に躊躇する病院上層部を説得して実験的な治療を試みるセイヤー医師の熱意や努力には頭が下がるが、いっぽうでそれは「人体実験」の危険を持つのだ。そして、残酷な結末が待っている。医学の倫理というのはこのような微妙な問題の上に成り立つ。医者の学問的探究心、好奇心、患者を救いたいという熱意、功名心、病院経営上の経済論理、さまざまな要因がからまりあい、奇跡も起これば悲劇も起きる。

 この映画が作られた1990年当時、まだなおセイヤー医師が脳炎患者の治療のために粉骨砕身しているという事実は本当に心を打つ。それだけに、1969年に起きた奇跡のような劇的な<目覚め>を期待するプレッシャーに押しつぶされないことを願う。

 痙攣するレナードを演じたロバート・デ・ニーロの演技には鳥肌が立つくらいだが、それを受けて立つセイヤー医師ロビン・ウィリアムズの柔らかで穏やかな表情がまた映画に独特の温かみを与えている。(レンタルDVD)

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レナードの朝
AWAKENINGS
アメリカ、1990年、上映時間 120分
監督: ペニー・マーシャル、製作: ウォルター・F・パークス 、ローレンス・ラスカー、原作: オリヴァー・サックス、脚本: スティーヴン・ザイリアン、音楽: ランディ・ニューマン
出演: ロバート・デ・ニーロロビン・ウィリアムズジュリー・カヴナールース・ネルソンジョン・ハードペネロープ・アン・ミラー