吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

嵐を呼ぶ十八人


 社外工、造船スト、タコ師(手配師)、といった言葉に時代を感じさせる意外な掘り出し物だった。といっても、退屈な人にはものすごく退屈なお話。

 大阪から呉の造船所に集団就職してきたチンピラな若者18人と、彼らを管理する若き舎監との軋轢やふれあいを描く群像劇。とは言っても、ここには美しい魂の交流などありはしない。18人の若者も、彼らより少し年長の寮長もまた、一癖も二癖もある者ばかり。素直に年長者の言うことを聞くような連中ではなく、スト中の本工たちに連帯しようなどという気持ちはもちろんサラサラない。本工は賃上げを要求してストができるが、社外工にはその権利もないということが皮肉っぽく描かれる。いまや造船のストなど考えられもしないようになってしまったが、本工中心主義の日本の労働運動がその後にたどった結果を、さもありなんと思わせる。

 本作は群像劇であるが、その群像の一人ひとりに迫ったりしない。彼らはあくまでも一塊の18人として扱われる。だから、18人が並んで立つロングショットの多さが目を引く。この18人の立ち位置の構図に時代を感じてしまう。どこか古びているのだが、ぱしっと決まっているのだな。この構図は後からいろんな映画やテレビドラマが真似をしたのじゃなかろうか。それともこういう構図はもっと古くからあったのだろうか。

 不思議なことに、彼らは顔の見えない若者たちではなく、どういうわけか一人ずつの個性がまた見えてくる。18人の個別にスポットを当てるわけでもなく、かといって彼らを没個性の人間としては描かないという絶妙の技を吉田喜重は見せている。

 何よりもわたしにとって興味深かったのは1960年代初頭の造船所での暮らしと労働だ。労働についてはそれほど詳細な描写はなかったが、新品の洗濯機を月賦で買って喜ぶ寮長島崎の笑顔や、ゴーゴーダンスに興じる若者たちの細やかな生活感が息づいているところにそそられた。

 興醒めになるのは女性の描き方だろうが、これはまあ、時代が時代だからしょうがないのかな。体育女教師は教員にしてはえらくなまめかしい角度のショットで捉えられていたり、レイプ場面やその後の描写もステレオタイプで、フェミニズムの視点からは<政治的に正しくない>。

 徹底的に情緒を排したラストシーン。駅で別れる18人と島崎はどこまでも打ち解けず、言葉も交わさない。けれど、彼らが複雑な心境で互いを見つめあい、いや、睨みあい、火花が散るその視線の先には何かしらの感情の交流が読み取れるのだ。ある日突然やって来て、また嵐のように去っていく18人の若者達。流れ者の彼らの未来は明るいのだろうか? 無邪気に列車内で騒ぐ18人のアナーキーなエネルギーを淡泊な余韻に封じ込めた吉田喜重の演出は、この映画をベタな青春ドラマに落とすことがなかった。見事なラストに喝采。(レンタルDVD)

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上映時間 108分(日本、1963年)
監督・脚本: 吉田喜重、音楽: 林光
出演: 早川保、香山美子、松井英二、、岩本武司、木戸昇、殿山泰司