吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

明日への遺言


 「責任」と「赦し」について考えさせる優れた作品。後半はほとんど泣きっぱなしでした。


 岡田資(たすく)中将は名古屋空襲を実行した米軍機の搭乗員を斬首した罪でB級戦犯として巣鴨に囚われていた。この映画は岡田の法廷闘争=「法戦」を描いて岡田の高潔な人間性を讃える。

 1945年3月の名古屋空襲の折、東海軍司令官として任務にあった岡田は、パラシュートで降下してきた米軍搭乗機の38人を部下に命じて斬首させた。これが「捕虜虐待」に当たるとして戦後、戦争犯罪人として裁かれることになった。岡田は名古屋空襲が無差別爆撃であり、軍事施設への爆撃のみを認めたジュネーブ条約違反であると主張し、搭乗員たちは捕虜ではなく戦犯であるから処刑はやむをえないと断じた。さらに、当時は毎日が混乱の極みにあり、とてもではないが正式の軍事法廷を開けるような状況ではなく、略式の決定によって処刑したのはやむをえないこと、斬首の指令を下したのは自分であり、責任はすべて自分にあると強調して斬首を実行した部下の命を救おうとした。

 空襲がいかに残虐なものであったかということを証言するために孤児院の院長や電車の年若き車掌など、女性たちが法廷に立つ。その場面では静かに女性達が証言するだけのことなのに、聴いているだけで涙が出てくる。

 軍法務局の将校たちが責任逃れに汲々とする一方で、岡田資はすべての責任を自分一人で負おうとした。しかし、ここで徐々に明らかになるのだが、彼の論旨一貫した理性的な証言が、実は戦争責任をめぐって重大な矛盾に満ちていることがわかる。岡田は、無差別攻撃を行った責任はたとえ直接爆撃したわけではない無線員であっても負わねばならない、それは連帯責任であると述べる。バーネット検察官は「操縦士でも爆撃手でもない、単なる無線士であっても戦争犯罪人だと言うのか? 基地で搭乗を命じられて彼が拒否できるとでも?」と追及するが、岡田は「確かにそうだが、それでも空襲は搭乗員全員が有機体となって行われたことだから」と反論する。一方岡田は、「斬首した部下に命令したのは自分であるから、責任はすべて自分にある」というのだ。これは矛盾した論理である。

 戦争責任はいったい誰にあるのか? 無差別爆撃の責任者は誰なのか? 実際に手を下した末端の兵士達が責めを負うべきなのか、それとも彼らには責任はないのか? 広島長崎への原爆投下を命じたのは誰なのか? 岡田は原爆投下を命じたのが誰なのか、「知らない」と答える。映画ではこのあたりが微妙な描写になっていて、注意深くない観客は気づかないかもしれない。岡田が本当のところ、誰の責任を回避しようとしているのか。岡田が潔く「戦場でのすべての責任は司令官にある」と断言することによって、戦争の最高責任者が一切責任をとることなく生き延びた事実が浮かび上がるのだ。この映画は一言も天皇の戦争責任について言及していない。言及がないからこそかえって行間の意味が明らかになる。

 戦勝者が戦敗者を一方的に裁く不当な裁判であった戦犯裁判だが、この横浜法廷に限って言えば、岡田の弁護に立ったフェザーストン主任弁護人は米軍の攻撃が無差別爆撃であったことを立証しようとし、実に誠実に岡田の弁護に当たった。舌鋒鋭く岡田を追及した検察官までが最後は岡田に同情を示す発言を行ったし、裁判長は岡田を助けるべく「処刑は報復だったのか?」と訊ねた。しかし、岡田は断固として「いや、報復ではない、処罰だ」と主張を翻さなかった。映画の中では描写されていないが、判決後、フェザーストンも検察官も岡田の助命嘆願を行ったという。

 岡田は深く仏教に帰依して、処刑を待つ間、他の囚人たちの心の支えになった。岡田は自分の死刑判決の後、同じく死刑判決を受けた部下達の助命のために尽力し、彼らは結局処刑を免れた。岡田がかくも超然と死に向かい、凛として生きていられたのは宗教心のゆえなのだろう。今の世の中、責任逃れの人間が多すぎることを思えば、かつてこのように気高く生きた人がいたことが奇跡のようにも思える。

 この映画、惜しむらくは抑制の効いた法廷場面に比べて最後にお涙頂戴節になったところ。音楽がちょっとうるさすぎるのと、ナレーションもやりすぎ。巻頭の説明実写フィルムといい、わかりやすくしすぎたところが減点だが、法廷場面の緊迫感や静かな迫力には感動した。

 この映画を見て「大日本帝国軍人は偉かった」という単純な軍人礼賛を唱えるような者がいたらそれこそ愚か者だ。岡田中将は稀有な存在だったからこそ威光を放っていたのだ。その岡田であっても戦争の是非については何も述べていない。映画の中では岡田は平和主義者のように描かれているが、それが事実なのかどうかはわからない。大岡昇平の原作も読んでみたいものだ。

 ちなみにバーネット主席検察官を演じたのはスティーブ・マックイーンの息子です。いかついところがよく似ている。

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日本、2007年、上映時間 110分
監督: 小泉堯史、プロデュース: 原正人、原作: 大岡昇平『ながい旅』、脚本:小泉堯史、ロジャー・パルヴァース、音楽: 加古隆、主題歌: 森山良子『ねがい』
ナレーション: 竹野内豊
出演: 藤田まこと、ロバート・レッサー、フレッド・マックィーン、リチャード・ニール、西村雅彦、蒼井優田中好子富司純子