吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

私の中のもうひとりの私


 すべてが整序だった生活、何の疑問もないはずの人生を送ってきた中年女性が、ふと振り返れば人生の節目節目で様々な転機を迎え葛藤を経験していたのだった。それはもう引き返せない過去の出来事なのだろうか? 50歳を過ぎても人生はもう一度やり直せるのだろうか? まもなく50歳を迎えるわたしにとって他人事ではない話だ。 

 大学の哲学教授で学部長という知的エリートの女性マリオンが主人公。マリオンは50歳を過ぎたばかりの女性だ。知的で美しく魅力的な女性で、再婚の夫とも熱々、夫の娘ともうまくいっている。彼女は新しい本を執筆するところで、仕事に集中するためにアパートを借りた。そんな彼女がアパートの隣室の精神科医と患者の会話を漏れ聞いたことから自分の中で何かが変わっていくのを感じる。幼いころから優秀で、理知的な人生を送ってきた彼女だったが、順風満帆なはずの自分の生き方にふと疑問がわき始めたのだった。
 

 50歳を越えて人生を見つめ直す、自己を内省的に見つめ直す。これはとてもしんどい。しかもそのきっかけが自分自身の内部に声を聞いたわけではなく、他者の声によってもたらされたとしたら、いっそう衝撃があるだろう。いかに理知的な女性であろうと、自分のことには案外気が付かないものだ。教え子に慕われ、義理の娘にも憧れの目で見られ、誰からも尊敬されているような、自分でもそのように自己認識している女性が、けれど実はこれまで肉親や夫や恋人との間で様々な葛藤があったことを思い出す。

 内省は他者によってもたらされる。マリオンの場合はその「他者」が精神分析を受ける妊婦であったり、義理の娘であったりする。わたしたちは他者を通じてしか自己を見つめることができないし、他者の助けを借りてこそ前進できる。マリオンは知性の人だ。その他者の声を彼女は素直に聞き入れ、理性によってねじ曲げられてきた彼女の人生を再び理性によって生き直すことだろう。それがインテリの宿命だ。

 シリアスドラマなのだが、ウディ・アレンらしいシモネタジョークが仕込んである。それは知的階級の人々の会話の中で語られるジョークであり、ジョークには違いないが見ているこっちはちっとも笑えない。あまりにも理性が勝った脚本と演出なのだ。痛々しくて、ぐっとのめり込んで見てしまった。見ているこちらに余裕を与えてくれない厳しい作品だった。

 そうそう、映像の凝り方、特にその独特の暖かみのある色について特筆すべきだろう。なんということのない絵に見えるのだが、懐かしさを感じさせる色合いは黄昏時の人生に相応しい。撮影監督は長らくベルイマン監督と仕事をしてきたニクヴィスト。やはりこの人のカメラはひと味違う。(レンタルDVD)

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ANOTHER WOMAN
アメリカ、1989年、上映時間 80分
監督・脚本: ウディ・アレン、製作: ロバート・グリーンハットほか、撮影: スヴェン・ニクヴィスト
出演: ジーナ・ローランズミア・ファロージーン・ハックマンイアン・ホルムジョン・ハウスマン