吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

墨攻


 まったく期待せずに見にいったのに、思いの外面白く、得した気分。中身スカスカの単なる戦争アクションものだと高をくくっていたというのに、きちんとストーリーで魅せる映画だったのだ。それにアンディ・ラウのカッコイイこと! これまでアンディ・ラウには興味がなかったのに、本作でいっぺんにファンになってしまった。やっぱりわたしは髭に弱いのかもしれない。髭のあるアンディ・ラウにメロメロ。

 日本の漫画を中国で映画化し、香港と韓国のトップスターが共演する。これぞ東アジア共同体ですなぁ。こういうグローバリゼーションは大いに歓迎したい。

 戦闘場面の迫力なら、これまで幾つも見た史劇に負けるだろうが、とりわけ戦うことの虚しさを強く訴える後半部分にはぐいぐいと惹かれていった。

 さて物語は…。時は紀元前370年ごろ、春秋戦国時代の中国に、趙と燕という大国に挟まれた梁という小国があった。趙軍10万の大軍の前になすすべなく降伏しようとしていた梁王が救いを求めた相手が戦略集団墨家である。戦国の世に、墨子を祖とし、「非攻」を訴える墨家という謎の集団が実在したらしい。彼らは何の見返りも求めず小国の味方をして戦う先頭集団であったという。ちなみに本作の「梁」は架空の国。「非攻、兼愛」を説いたというが、戦闘集団であることには違いなく、平和のための戦いということをどのように位置づけていたのか、その思想には矛盾があるのでは、と興味がわく。

 この物語は、小国梁が降伏を考えたときにたった一人で救援にやって来た墨家の革離(かくり)が、「降伏しても地獄が待っている」と徹底抗戦を訴え、抜群の知略を発揮して篭城戦に出る前半部分がスリリングに描かれる。対する敵将を演じる役者の声が素晴らしく艶がある低音で、アン・ソンギそっくりなのに驚いていたら、本人だった。中国語をしゃべるアン・ソンギは初めて見た。

 人物造形は極めてわかりやすく梁と趙の攻防戦も迫力あり、革離の魅力的なキャラクターもあってなかなか魅せる展開だ。後半、疑心暗鬼に陥った小心者の梁王が革離の成功と人望を妬むあたりから雲行きが怪しくなる。権力者の醜さ、権力にへつらう者の醜さには反吐が出そうだ。しかし一方で革離はその権力に対峙し闘う姿勢を見せない。墨子の教えというものがどういうものなのか、ますます興味がわく。

 革離と女性騎兵隊長との淡い恋もからめて切ないが、この恋は時間が足りなかったようで、描き足りないのが残念。中途半端に恋愛を入れなくてもよかったのではないか。これでは無理に添え物にしたというのが見え見え。

 大軍同士が肉弾戦を戦う場面は、芋の子を洗うようなというか、芋虫が這い回っているような気持ち悪さ。敵と味方も区別もなく、ただもぞもぞと蠢いている様子を画面いっぱいに暗いトーンで映し出すという監督のセンスには拍手。こういう演出と撮影の方法はともすればリアリティを失って失敗作の雰囲気が漂うのだが、ここは上手いと思った。ただし、他の場面では雰囲気をぶちこわしてしまうような画面作りも見られた。敵兵が火だるまになるシーンは明らかに後からCGで炎を描いたということが丸わかりで興醒め。しかしこれも歌舞伎の見得のようなものと考えれば、一種の様式美に則った演出なのだ。洋画にはないセンスなのでなかなか面白い。

 見返りを求めない墨家の男のクールな姿が魅力的だった。とにかくアンディです、アンディ! 息子のリクエストで見にいった映画だったけれど、母は思わぬ拾いものをしたわよ~。アンディ萌え。

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墨攻
A BATTLE OF WITS 上映時間133分(中国/日本/香港/韓国、2006年)
監督・脚本:ジェィコブ・チャン、製作: ホアン・チェンシンほか、音楽: 川井憲次
出演: アンディ・ラウ、アン・ソンギ、ワン・チーウェン、ファン・ビンビン