
期待したほどには大感動する話ではなかったが、子どもの頃の心の傷にどう立ち向かうのか、それが現在の困難な政治とどのように対峙することになるのか、とても考えさせられる映画だ。最後はいきなり涙が溢れ出ました。
誰もが子どもの頃に小さな罪を犯したことはあるだろう。大人であればそれが「罪」とさえ意識されないような、小さな罪。それは心の傷となっていつまでも残る。ましてや、親友に対して密かに行った裏切りは、誰よりも裏切った本人を傷つける。傷ついた心はどのようにすれば癒されるのか、罪が赦されるのはいつのことなのか、誰によってなのか……
アフガニスタン、1978年。間もなくソ連のアフガン侵攻が始まる、その少し前のことだ。少年アミールは父と二人、裕福な家庭で暮らしていた。映画では父の職業は明らかにされないが、大学教授などの知識人ではなかろうか(追記:原作を読むと、父は実業家であることが判明)。アミールの親友は使用人の息子、ハッサン。二人はいつも一緒にいた。アミールより年下のハッサンだったが、彼は気弱なアミールの保護者のように振る舞った。いつもアミールのために尽くし、毎年恒例の凧合戦ではアミールのために助手を務め、彼のために奮闘した。「君のためなら千回でも!」と叫んで。
だがある日、ハッサンは年上の少年たちによって陵辱される。アミールはその場面を目撃しながらハッサンを助けることなく逃げてしまった。その日以来、アミールはハッサンを避けるようになる。やがて、ソ連軍の侵攻が始まり、反共主義者のアミールの父は亡命することを決意した…
物語は、2000年のロサンゼルスから始まる。大人になったアミールは念願の作家になり、彼の本が出版されることになった。その喜びの場面に、国際電話がかかる。相手は誰だろうか…。そして物語は1978年のアフガニスタンへと戻る。アミールは父と共にアメリカに亡命し、作家となったのだが、前半は彼の少年時代の回想が丁寧に描かれる。ハッサンという勇敢で利口な少年との厚い友情、しかしその友情がいともたやすく壊れる瞬間を映像は少年の心に迫って切り取る。痛いほど迫る、子ども時代の罪・奸計・自責・後悔・絶望・赦し…といっためまぐるしく動く感情が子役二人の素晴らしい演技によって見る者の胸を打つ。
特筆すべきは凧揚げの場面。どうやって編集したのか気になるほど、凧の飛翔感が素晴らしい。糸が付いているとはいえ、まるで自由に空をゆくような凧の舞、そしてその凧を自在に操る少年たちの表情を追うカメラと編集が素晴らしい。そして、凧合戦で糸を切られて落ちてゆく凧を追いかける「カイト・ランナー」(凧追い)の名人がハッサンであった。
後半、大人になったアミールがハッサンの息子を救出すべくタリバン政権下のアフガンに入るところから、ちょっと現実離れしたような展開になるのが不可解だが、これが実話ベースなら、こういうこともあったのかもしれないと納得せざるをえない。おそらく原作はそのあたりを丁寧に描いているのではなかろうか。
この映画は少年時代の罪と向き合うのに遅すぎる時はないという美しく痛い教訓を描くと同時に、アメリカにおける少数エスニック、とりわけ難民となった人々の境遇についても描く社会派作品である。故国では裕福に暮らしたインテリ階層の人間がアメリカでは一介の物売りになるという境遇の激変が主人公達への同情をそそる。しかしそれは故国での特権的な立場にあった人の傲慢と慈悲という、「上から下への目線」を意識させる場面でもある。「召使いの子」であったハッサンのほうが「主人の息子」アミールよりもずっと勇敢で知恵のある子どもだったという逆転が形を変えて亡命先で経済的格差の逆転という形で描かれる。そういう意味では、この映画では身分・階層といった属性の脆さが印象的であると同時に、そのようなアイデンティティよりもさらに心の気高さのほうこそが大切なのだと見る者に訴えてくる。アミールの妻となる女性が「将軍」の娘であることも一つの象徴としてとらえられる。故国では将軍であった保守的な上層階級の人間に対してアミールが寄せる断固たる反発の視線が眩しい。
まったく奇をてらったところのないマーク・フォースターの演出は、このヒューマンドラマの作風に相応しい。これまで監督のいずれの作品も標準以上に素晴らしいものだったが、特にこれはお気に入りになった。テーマが多すぎて消化不良の面も否めないが、これを機会にアフガン関係の映画をたくさん見てみることもお奨め。
空を舞う凧は、無限の可能性へと開かれた少年たちの未来を象徴する。その未来を阻む権利は誰にもない。
※アフガン難民やタリバン政権の悪行について考えるヒントとなる映画。すべて「ピピのシネマな日々」にレビューを書いていますので、興味をもたれたかたは五十音順インデックスから捜してください。
「少女の髪どめ」
「カンダハール」
「アフガン零年」
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THE KITE RUNNER
アメリカ、2007年、上映時間 129分
監督: マーク・フォースター、製作: ウィリアム・ホーバーグほか、製作総指揮: シドニー・キンメルほか、原作: カーレド・ホッセイニ、脚本: デヴィッド・ベニオフ、撮影: ロベルト・シェイファー、音楽: アルベルト・イグレシアス
出演: ハリド・アブダラ、ホマユン・エルシャディ、ゼキリア・エブラヒミ、アフマド・ハーン・マフムードザダ、ショーン・トーブ、アトッサ・レオーニ、アリ・ダネシュ・バクティアリ