
時は2027年、所はイギリス。既に人類は生殖能力を失って18年。そして今日、人類で最も若い18歳の少年が死んだというニュースが全世界に流れ、人々は深い悲しみに包まれる。
という、巻頭の場面は、現実によくニュース番組で流されるニュースの画面にそっくりだ。少年が殺された現場からレポーターが中継し、服喪の人々を映す。テレビの前で誰もが涙を流し、仕事にもならない。そんな暗い幕開けのこの映画は、最後まで画面が薄暗く、退廃した近未来の陰鬱な社会状況の雰囲気をとてもうまく描いている。
近未来といってもここに描かれていることはそのまま現代の状況と同じなのだ。明日や来年のイギリスや日本の状況かもしれない。貧富の格差が広がり、移民が排斥され、社会不安が広まり、都会のスラム化が進む。都市の荒廃した様子が丁寧に描かれていて、美術はいい仕事をしている。
昔活動家、今エネルギー省の役人というありがちな転向者主人公セオは、元妻ジュリアン率いる反体制組織FISH(魚! なんで魚なんだろう)に誘拐される。FISHは、奇跡のように妊娠した一人の少女キーを匿っていた。彼女を利用して武装蜂起を計画するFISHたち。だが、内部抗争に巻き込まれてセオは結局その少女キーを連れて安全な場所まで逃げるはめに陥る…
逃げて逃げて逃げて逃げまくる主人公というのは「戦場のピアニスト」みたいだけど、この映画ではクライブ・オーウェンは逃げてばかりじゃなくて、使命感を持っているところがエライ。
人は運命に巻き込まれたとき、それをどのように引き受けるのだろうか? その決意は尊敬すべきでかつ美しいものだろうか? 確かにそのように思える。だがしかし…
この映画は「犠牲」ということを美しく切なく描く。犠牲なしには未来は開かれない。その犠牲は崇高な思想や信条によって担保されるのではなく、かつての愛情や、うっすらとした希望によってもたらされることもある、ということを描いている。大文字の政治思想や組織が暴力によって世界を変えようとしているとき、それに対抗する者はセオのような「巻き込まれ型」の人間なのだろうか? セオは政府にも反政府側にも追いかけられ命を狙われる。だが彼は決して自ら銃を持って戦ったりしない。武力による「世界革命」の虚しさを知った世代の描く革命映画だ。
特筆すべきはやはり誰もが息を呑むであろう戦闘シーンの長回しだ。手持ちのカメラでの長回しは驚嘆すべきテクニックなんだろう。入念な計算と打ち合わせなしにはできないことだ。映画を撮影するカメラではなく、戦場をルポする報道カメラのような臨場感がある。血しぶきがレンズに飛ぶ場面なんて思わず身を引いてしまった。
凝りまくりの美術といい、実にリアル。とにかくリアル。近未来というけれど、嘘くさいところがない。すごい映画です。意外と地味だけどね。あまりヒットしないと思う。何しろ暗いから。
音楽がたまらなくいい。「クリムゾン・キングの宮殿」! この映画に使われる音楽はわたしたちの世代の心をくすぐる曲を選んでいて、わたしはこの青春の蹉跌を彷彿させるほろ苦い思い出とともに胸を痛めながらでなければ聞くことのできない「クリムゾン・キングの宮殿」が大音量で流れてきただけで、ぐぐっっときてしまった。
セオとキーを助けてくれるヒッピーくずれみたいなロハスなインテリ隠遁者ジャスパーが好感度高い。演じたマイケル・ケイン、すごくいい感じ。この人は役者だねぇ。
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トゥモロー・ワールド
CHILDREN OF MEN
上映時間 109分、(アメリカ/イギリス、2006年)
監督・脚本: アルフォンソ・キュアロン、原作: P・D・ジェイムズ 『人類の子供たち』、音楽: ジョン・タヴナー
出演: クライヴ・オーウェン、ジュリアン・ムーア、マイケル・ケイン、キウェテル・イジョフォー、チャーリー・ハナム、クレア=ホープ・アシティー