
超有名なファッション雑誌のカリスマ編集長相手に奮闘する新米アシスタント嬢、というサクセスもののコメディということから言えば定番のような構造の物語。
原作は『VOGUE』編集長のアシスタントを経験したローレン・ワイズバーガーが書いた小説。ヴォーグ誌の現役編集長がモデルと言われているけれど、実際には全然似ていないというし、ご本人も「あれはわたしじゃないわ、映画は楽しんだわよ」と余裕のコメントとか。
ジャーナリスト希望でファッションには興味がなかった女性アンドレアが超有名なファッション雑誌の編集長第2アシスタントに採用されるというのも妙な話だけれど、この映画の中では『ランウェイ』という名前になっているその雑誌のファンをアシスタントに採用すると、おしゃれだけは決めてくるけれど頭が悪いから「使えない」という鬼編集長ミランダの言葉に納得。
このカリスマ編集長ミランダの「悪役」ぶりが堂々たるもので、メリル・ストリープはさすがの演技。この人が上手いのはあまりにも当然なので別に驚かない。しっかし、アメリカの会社は日本よりクールで、上司が部下を私用にこき使ったりしないものだと思っていたけれど、このミランダは違う。自分の娘たちのために、「まだ出版されていない『ハリー・ポッター』の新しい巻を手に入れよ、しかもあと4時間で」などと無茶な注文を出す。「3時までに手に入れられなかったら、(会社に)戻って来なくていいわよ」と冷たく言い放つ。信じられんで、この上司。
それにしてもアメリカのトップビジネスマンはいったいいつ眠るのだろう? こき使われるアシスタントたちもいつ寝るの? というわけで、仕事がうまくいって上司にも見込まれるようになると、アンドレアの恋人との私生活は破綻をきたす。それに、自分自身で『ランウェイ』の愛読者なんてバカ女だと嗤っていたくせに、自分はすっかりおしゃれになって『ランウェイ』のスタッフらしくなっていくのだ。
最初にうちは、ファッション雑誌の裏話みたいな部分が面白く興味深く見ていられたけれど、だんだんこれがイヤになってくる。わたしはおしゃれが好きだし、衣食住は生活の基本だから、服は絶対に必要なものであり、どうせなら似合う物センスのいい物を着たいと思う。だが、わたし自身はファッション雑誌は読まないし、実はほとんど興味がない。けれどこの映画に登場するスタッフたちや『ランウェイ』に憧れる女性たちは、おしゃれを生き甲斐にし、おしゃれを生きる目的と勘違いしている。そのことがわたしの気持ちを冷めさせる。
考えてみれば職業に貴賤はないはず。この話がファッション雑誌の編集部ではなく社会派雑誌や文芸雑誌の話なら、わたしはもっと面白くまた敬意を持ってみることができたのだろうか。そこにはファッション雑誌やそれを作る人間、それを愛読する人間へのわたしの隠された蔑視感がある。その気持ちがあるから、最後にアンドレアがミランダを見限るとほっとするのだ。
この映画の教訓とするところは、仕事仕事に追われ上司(会社)のためにこき使われ社畜に成り下がることに警鐘を鳴らすことなのだが、やはり選ばれた職場が「ファッション」ということがミソ。映画的にはおしゃれな衣装が次々登場して女性映画ファンを喜ばせつつ、じつはそんなものに喜んでいる女性自身をバカにするという含意があるのだが、そのことに観客自身が気づくのだろうか。
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THE DEVIL WEARS PRADA 上映時間 110分(アメリカ、2006年)
監督: デヴィッド・フランケル、原作: ローレン・ワイズバーガー、脚本: アライン・ブロッシュ・マッケンナ、音楽: セオドア・シャピロ
出演: メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、エミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチ、エイドリアン・グレニアー