吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

迷子の警察音楽隊


 時代は1990年代の初め。エジプトの警察音楽隊イスラエルに演奏旅行にやってきて迷子になってしまうというお話。題材的にはものすごく興味があるのだが、これ、当時のイスラエルとエジプトの関係、そして現在の両国の関係が解っていないと何が面白いのかさっぱりわからない映画だ。単なる異文化遭遇ものというだけではなく、対立する二つの民族二つの宗教に架橋するという物語なのだから、背後にある歴史と政治が理解できていることが前提になる。ところがまったくこの映画にはそのあたりの説明がない。だからきっと好き者しか見に来ない映画だろうと思っていたら、意外に混んでいたのでびっくり。東京国際映画祭でサクラグランプリを獲ったことが宣伝になったみたいね。

 劇場用パンフレットにも書いてあるように、ジャームッシュカウリスマキか、というテイストの映画だ。つまり、独特のオフビートなテンポの映画なので、思いっきり退屈するか心地よく乗れるか、観客の好みはまったく分かれそう。わたしの隣席のおじさんは途中で大きな鼾をかき始めてすっかり爆睡していたくせに、可笑しい場面で突然笑いだしたのでびっくりしてしまった。寝てたんちゃうのん?!! 寝てても面白い場面は本能的にわかるのだろうか(^_^;)。

 さて、イスラエルで迷子になったアレクサンドリア警察音楽隊の一行7人は揃いの水色の制服に身を固めて颯爽たるいでたち。しかし、行き先を間違えてとんでもない田舎町にたどり着いてしまう。もう今日はバスがないということがわかって、しかもホテルもない町。やむなく食堂のマダムの好意にすがって一夜の宿を借りることとなった。彼らの共通言語は英語。お互い訛りのきつい英語を喋っているけど、よく解るもんだなぁと感心。

 この映画は音楽隊の宿泊先を三カ所に分けたことがうまい設定だ。三カ所それぞれでいろんな悲喜こもごもが起きるわけで、気詰まりな食卓だのうち解けるデートだの、いろんな場面がそれぞれに味わえる。対立を続けてきた民族どうしが同じテーブルを囲み、それでなくても言葉がうまく通じないから会話は弾まず、相手に聞かれたくないことは自国語で喋ったりという身の置き所のないとっても陰険な雰囲気になったケースでは、互いに共通するお気に入り音楽の話で突然うち解け始める。しかし皮肉なことは、彼らの溝を架橋するものがアメリカのポップスだということだ。これは、パレスチナイスラエルを「和解」させることができるのは西洋の力だといわんばかり。

 警察音楽隊の隊長のキャラがとてもいい。頑固で生真面目一徹。融通がきかないおじさんなのに、最後に食堂のマダムに内心をポロリと語る場面では思わずこちらも涙をそそられた。このマダムがまた過剰に色っぽい女で、隊長をデートに誘い出すのがなんだか可笑しい。しかも誘われた隊長のノリが悪いのがなお可笑しい。

 もう一人、重要人物は隊長にことある事に逆らっている女好きな若者カーレドだ。彼の軽佻浮薄な雰囲気がまた笑わせる。この映画で笑いをとる場面は、爆笑するようなものではなく、くすっと微笑んでしまうような静かな笑いだ。この彼が、イスラエルの初な若者のデートに無理矢理ついていって、うまく手取り足取り(文字通り)で女性との接近遭遇を成功に導いてやる場面は出色でした。

 この映画の見所は、ふつうなら困ったときの大使館頼みになるはずのケースが、音楽隊一行が一民間人の、それも単なる通りすがりの小さな食堂のマダムの好意にすがったという民間の自助努力ぶりだろう。役所も大使館も当てにならず、つまるところ、人々の助け合いは草の根から。平和と相互理解はこんな小さな出来事から始まる。後味のすごくいい映画ですが、ちょっと退屈すぎるのが難点。

----------------

THE BAND'S VISIT
イスラエル/フランス、2007年、上映時間 87分
監督・脚本: エラン・コリリン、音楽: ハビブ・シェハーデ・ハンナ
出演: サッソン・ガーベイ、ロニ・エルカベッツ、サーレフ・バクリ