これはおもしろいわ! 大笑い。
対談やってる二人とも多読家だし、よくそれだけいろいろ読んでるよなー、いくら仕事とはいえ、すごい! と感心してしまった。それに、古典だの名作だのといわれている作品にもたじろぐことなく「どこがいいのかわからん」とけなすことけなすこと。わたしなんて小心者だから、「世間の評判が高いのにどこがいいのか理解できないのはきっとわたしがバカだからだ」と思ってしまうのだが、この人たちはそんなこと思わない。
確かに現在の目から見たら表現が古臭くておもしろくない小説っていっぱいあるけど、そこまでミソクソに言わなくてもええやんか、と思うような部分もけっこうある。たとえば、 尾崎紅葉の『金色夜叉』をコケにするくだりでは、
「この恨の為に貫一は生きながら悪魔になつて、貴様のやうな畜生の肉を啖って遣る覚悟だ」とまで口走る始末ですよ、たかが女にふられたくらいで。もう、一刻も早くカウンセリング受けたほうがいいよって、祈るような気持ちで読み進めましたね、わたしは(笑)。
大笑いしたけど、こういう言い方っていいのかしらん。
けなしてばかりではなく、さすがに目が利くようで、夏目漱石や芥川龍之介はべた誉めなのだ。内田百間(漢字出ません)も巧い巧いと誉められていた。川端康成の『雪国』はこき下ろされてたなぁ、単なるスケベ男の話だ、みたいに。
ここで取り上げられて「名文だ」「いいよ、いいよ」と誉められている小説はどれもたいてい読みたくなるから、やっぱり本読み屋の図書紹介は上手いと思う。以前は毛嫌いしていた芥川も再読してみようかという気になったし。
脚注が豊富についていて、これがまた面白いのだ。真面目な用語解説もあるけど、本文に対するツッコミがあったりして、また笑える。この註が本文並みかそれ以上に長いので、この本は読むのに時間がかかった。
で、この二人の書評にはなかなかな感心したのだが、特にこれはと思ったのは、『五体不満足』に対する評価だ。
岡野:僕らは、乙武君個人を責めるつもりで喋ってる意図はまるでないということ。つまり、一つはこれはきちんと書物として出版された表現行為だから、書評を生業とするわれわれはこれまたきちんとこれを書物として批評しようとしているんだと。それから、乙武君自身が本の中で、心のバリアフリーを訴えているわけだから、受け手のわれわれも、他の本と同じ地平でフェアに論じようとしていると。逆に言うと、この本の不幸は実は、なんとなく誰もが気後れして正当な書評をされなかったことにあると思っているんだ。
豊崎:だから怖れずにいうと、乙武君だって自分の障害に苦しみながら、周囲の無理解や差別と戦っている人たちと身近に接しなかったはずないと思うのに、その葛藤がまったく抜けて落ちてる、それがこの本の欠点。
これはなかなか言えないことで、著者たちもかなり気を使ってこの部分を書いたことがわかる。ここだけ文体(というか喋り方)が違うのだもの。
というわけで、本好きにはお奨めします。おもしろいよ~
<書誌情報>
百年の誤読 / 岡野宏文, 豊崎由美著. -- ぴあ, 2004