巻頭、背中の曲がった老女の後ろ姿が大写しになる。この曲がった腰と背中に、この人の人生の重みがすべてのしかかっていることを観客は痛感するだろう。「いもうとの時間」とは何なのか。それは、名張毒ぶどう酒事件からの60年を殺人犯の妹として生きた時間であり、冤罪を晴らすまで残された時間がない、その切実な「最後の時間」のことである。
製作者である東海テレビ放送は1977年から名張事件を取材し、調査報道としてこれまで9回放送している。さらに劇場用映画作品も製作し、本作は4作目となる。恐るべき執念を感じて怖いぐらいだ。東海テレビの取材にも頭が下がるが、弁護団の10度に及ぶ再審請求の地道な闘いには驚嘆のほかない。
名張毒ぶどう酒事件とは、1961年に三重県と奈良県にまたがる山間の葛尾(くずお)集落で起きた大量殺人事件である。村の懇親会で出されたワイン(ぶどう酒)を飲んだ5人の女性が亡くなった。犯人として35歳の奥西勝が逮捕され、一審無罪、二審死刑、最高裁で死刑が確定した。度重なる再審請求もすべて棄却され、冤罪を訴え続けた奥西は2015年に89歳で獄死した。
東海テレビは一貫してこの事件を冤罪ととらえ、その理不尽さを追及してきた。「シリーズ最終章」だと位置づけている本作は、ついに「時間がない」というその地鳴りのような思いが作品全体を覆っている。今ではワインをぶどう酒と呼ぶこともないほど、この言葉が古語になるほどに時間は経ってしまった。
5人の命を奪い、多くの人を中毒症状に陥れた真犯人は誰なのか、未だにわかっていない。この映画を見る限り、奥西が犯人だとはとうてい思えないのだ。亡くなった犠牲者だけではなく、犯人とされた人間の人生を破壊し、家族が故郷を追われた犯罪と冤罪。この二つの罪は何重もの苦しみを生んだ。
映画の中では直接の言及はないが、この事件で奥西は妻と愛人の両方を喪った。奥西が三角関係を清算するために一気に二人を殺害しようとぶどう酒に農薬を混入させたと、警察は結論づけた。自白の強要、自白、否認、有罪判決、再審、再審、再審…。という冤罪事件によくある経緯をたどっている。
映画は淡々と事実を積み重ねて事件を再現し、証言を集めて奥西の有罪が疑わしいことを明らかにしていく。なんら奇をてらった演出はなく、堅実に観客を説得していく。仲代達也92歳の重々しく静かなナレーションが響く。
時間がない、その切迫感が永遠へと続く梵鐘の響きと重なる。奥西の妹・岡美代子94歳。この人の生きざまを見よ。(機関紙編集者クラブ「編集サービス」に掲載)
2024
日本 Color 89分
監督:鎌田麗香
プロデューサー:阿武野勝彦
撮影:坂井洋紀、米野真碁
編集:奥田繁
音楽:本多俊之、鈴木よしひさ
ナレーション:仲代達矢
