吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

雪の花 -ともに在りて-

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 巻頭からしばらくは、あまりにも芝居がかった演出なのに驚いた。で、なんでこんな演出かというと、ワンシーンワンカット、しかもフィルム撮影にこだわって撮ったということを後から知ってなるほどと膝を叩く。フィルム撮影だとその場で映像の状態をモニターで確認することができない。音声が上手く録れたかどうかも後で確認するしかない。いろいろと「一発勝負」の緊張感がある。ワンシーンワンカットだから人物の配置も舞台を見ているような撮り方になる。昨今のカメラを動かしすぎる撮影方法や細かいカット割りのような臨場感を求める演出にはならない。それゆえ、実にどっしりと落ち着いた雰囲気の絵柄になるのである。いかにも古式ゆかしき時代劇の出来となった。

 黒澤明監督の遺作脚本「雨あがる」で監督デビューした小泉堯史は、黒澤組の正当な後継者。「雨あがる」は野心のない優しき浪人を主人公にした実に素晴らしい映画であった。あの線を狙っているのか、「雪の花」の主人公もやはり立身出世に頓着せず、人々を救いたいという一心で種痘の普及に心血を注ぐ人物である。しかも実在の、というから、歴史好きにはたまらない話だ。

 映画の冒頭で福井藩の町医者である若き笠原良策は村の重病患者を診るのだが、患者たちが疱瘡(天然痘)であると見て取るや、患者に触れた手をこっそりとぬぐうシーンがある。ここがさりげなく印象的だ。医者も恐れる不治の病である疱瘡には治療方法などなかった。漢方医である笠原は自らの無力を嘆くが、西洋には種痘という予防法があること、さらにその手法が既に日本に伝わっていることを知る。だがその種痘のための牛痘苗を海外から取り寄せなければならず、幕府の許可も必要だった。決して諦めない良策の苦闘がここから始まる。常に良策を励ます糟糠の妻千穂の貢献も大きい。

 史実では20年かかった種痘実現・伝播の道のりを映画では数年の話として描く。それでも、四季折々のうつろいを美しい風景とともに描き出し、歳月の流れを感じさせる演出が施されている。

 主役の松坂桃李は器用な役者で、とりわけ本作のような生真面目な熱血漢を演じさせるとぴたりとはまる。妻役の芳根京子が実に美しく凛々しく、立ち回りまで演じるところは驚いた。

 当時の種痘は原始的で、苗の寿命が短いため、枯らさないように次々と子どもたちに植え付けて引き継いでいく必要があった。その苦労がよく伝わる場面の数々が興味深い。なんといっても圧巻は冬の峠越えである。痘苗を枯らさないために時間との闘いを敢行し、幼い子どもたちを連れて2組の村人夫婦と共に猛吹雪を衝いて前進するのだが、わたしは「このまま八甲田山死の彷徨になるのか」と震えた。

 新しい治療法が海外から入ってくると、拒否する医者や人々も後を絶たない。牛痘を植え付けたところから牛の角が生えてくるなどという噂まで立つ始末。映画では描かれていないが、実際に副作用というのはあったわけで犠牲者も出ているのだから、どんなワクチンも絶対安全ということはありえないのだろう。

 私利私欲ではなく衆生を救うために、ただひたすら町医者であることにこだわった青年医師の尊さを描く力作。見終わった後にさわやかな気分が残る。

2024
日本  Color
監督:小泉堯史
原作:吉村昭  『雪の花』(新潮文庫刊)
音楽:加古隆
出演:松坂桃李芳根京子役所広司三浦貴大宇野祥平、沖原一生、坂東龍汰益岡徹山本學吉岡秀隆