緊張感に溢れた脚本、ぐいぐいと観客を惹きつける恐ろしさ、そして真実は闇の中という結末の付け方(つまり、結末はついていない)といい、さすがはカンヌ映画祭のパルムドール作品である。なんといってもザンドラ・ヒュラーの演技が良い。彼女が繊細な演技を見せてこの作品の魅力を際立たせる。
さて物語は。雪の山荘に住む夫婦と11歳の息子の一家。息子が4歳の時に事故で視覚障害者になった。妻は人気作家。夫は教師。その夫が自宅から転落死し、そこから物語は始まる。自殺か事故か殺人か、警察は妻を疑う。やがて妻は被疑者として裁判にかけられる。唯一の証人と言える息子の証言は転々とする。法廷で次々と明らかになる夫婦の諍い。真実は果たして…。
裁判で事件の決着はつくのだが、だからといって真実が明らかになったわけではないのがこの物語の不穏なところだ。推理小説のように犯人を明らかにするというのが本旨ではない。それよりも、夫婦関係の問題に鋭く切り込み、人生観のすれ違いや挫折や計算や裏切りや奸計といった複雑な心理と葛藤を描くのが本筋である。
特に法廷で明らかにされる夫婦喧嘩のリアルなセリフと感情の爆発には、スリリングを通り越してこちらの心が冷たくなる。ベルイマンの映画を見るような気分にさせられて背筋が凍り付き、トラウマが蘇るようだ。これはインテリカップルなら身に覚えのある諍いではなかろうか。自分の時間を育児や家事で浸食される絶望感、そのせいで創造のための時間がとれない。研究にしろ小説にしろ、隙間時間にできる仕事ではないのだ。
息子の障害の責任を感じて自分を責める夫。夫をやさしくいたわることができなかった妻。いつの間にか二人の間には大きな溝ができ、作家としての才能の差も顕著となる。嫉妬、悔恨、自責、愛憎が何重にもからみ、夫婦は抜き差しならないところまで互いを追い詰めていたのだろう。しかしそのことに気づいていたか?
真相を知っているのは誰なのか。最後まで観客を惹きつけて離さない見事な作品だった。
2023
ANATOMIE D'UNE CHUTE
フランス Color 152分
監督:ジュスティーヌ・トリエ
製作:マリー=アンジュ・ルシアーニ、ダヴィド・ティオン
脚本:ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ
撮影:シモン・ボーフィス
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ
