吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ラストマイル

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 8月の公開からロングランしているのやさぞや面白いのだろうと思って期待して見に行った。だいたいが期待外れになることが多いのだが、これは確かに面白い。見終わった後も映画館で観て良かったと思える。とはいえ、細部の設定などはかなり無理があるし、犯行の動機が恨みを晴らすためであってもそこまでするか、という気持ちになるのはやむを得ない。

 とはいえ、巨大物流の現場を垣間見られるのは大変興味深く、現代のわたしたちの便利な生活が誰を犠牲にして成り立っているのかを考えさせられる社会派ミステリーである。と同時にこれは労働問題でもあり、そういう意味では労働映画と考えてもいいだろう。

 さて物語は。アメリカに本社を置く世界的ネット販売業者の大セールが始まったばかりの時、届いた荷物が次々に爆発するという事件が起きる。そのすべては一つの物流倉庫から発送されていた。その倉庫のセンター長に就任したばかりの舟渡エレナは、チームマネージャーの梨本孔とともに事件の真相に迫ろうとすると同時に、物流を止めないために懸命に策を練る。警察からの要請を無視し、日本本社の社長には叱責され、本国アメリカからもネット電話で追及されるという万事休す状態の舟渡センター長であったが、彼女は「すべては顧客のために」というスローガンを何度も繰り返して、会社の利益を守ろうと奔走する。

 という、スリルとサスペンスの物語。設定からしてモデルはAmazon以外に考えられないが、この映画にAmazonは協力していない。そらそうだね、明らかにAmazon批判と取れる展開だから。関東のとある物流倉庫のセットが壮観であり、これを見ているだけでわたしはゾクゾクした。たった9人しか正社員はいないのに、800人のバイトや派遣労働者が働く現場。ベルトコンベアーで運ばれていく荷物の数々、自動でピッキングされるものもあれば人力でピッキングされる荷物もあり、取り扱い品種はこの倉庫だけで3億種類だという。

 この映画には何組かの人々が登場してそれぞれが別々の場面で動いていくのだが、共通の底流にあるのは消費者の物欲を煽り満たしていくことで肥え太っていく巨大資本の問題だ。物流の最後を受け持つ配達人たち、彼らが「ラストマイル」を支えている。過労死、宅配業者への値下げ圧迫、下請け個人事業主たちの悲哀、さまざまな社会問題の責任は資本にだけあるというよりは、消費者一人一人にもあるに違いないと思わせられる。夜にポチったものが翌朝届くという現状を「便利だねえ」と喜ぶのか、「こんなシステムはおかしい。誰かが犠牲になっているに違いない。ここまでの便利さを本当に消費者は求めているのか?」と疑問に思うのか。

 ところで、やたら豪華な配役が登場し、ほんのチョイ役すら有名俳優が演じているのがすごいなと思ったら、TVドラマ「アンナチュラル」「MIU404」の登場キャラクターたちだそうな。ドラマを見ていないわたしは面白がるところで損した気分。でもこの映画を見たおかげで、俄然ドラマを見たくなった。音楽もよかったし。

 

 以下、完全ネタバレ。

 

 

 

 犯人は爆弾で本当に人を無差別に殺そうとしたのだろうか? 犯人だけが死んでほかに死者はでていないのだから、爆発力が弱い爆弾を使ったのではなかろうか。もちろんそれでも死者が出る可能性があるのだから、その場合は未必の故意による殺人ということになるのだろう。犯人はあらかじめ自分を罰していると同時に、宅配荷物に仕込まれた爆弾によって死人が出るという恐怖を社会に植え付けた。いくら恨みを晴らすためと言ってもやりすぎは否めないし、そこまで用意周到にできる知恵があるなら別の方法で会社を追い詰めるべきだった。――なんて言ってしまうとエンタメ作にならないなあ。  

2024
日本  Color  129分
監督:塚原あゆ子
エグゼクティブプロデューサー:那須田淳
脚本:野木亜紀子
撮影:関毅
音楽:得田真裕
主題歌:米津玄師 『がらくた』
出演:満島ひかり岡田将生ディーン・フジオカ大倉孝二、酒向芳、宇野祥平安藤玉恵火野正平阿部サダヲ石原さとみ井浦新窪田正孝市川実日子薬師丸ひろ子松重豊綾野剛星野源麻生久美子中村倫也仁村紗和