コーダ(CODA Children of Deaf Adults)の物語。当事者が書いたエッセイを原作とするため、主人公の男子の心理はよくわかるのだが、両親、とりわけ父親の存在が希薄になっているのが残念。この映画でもっとも印象に残るのは母親役の忍足亜希子の品の良さと美しさだ。彼女は聾の役者なので、手話は流れるように自然だし、聾者独特の発声も違和感なく聞こえる。この映画では聴覚障害者の役にはすべて聴覚障害のある人を配役したという。
主人公は宮城県石巻に生まれ育った五十嵐大。大の誕生から青年期までを様々な役者が演じていく。赤ん坊、幼児、小学生、高校生から大人へ。そのすべての役者が愛らしく、高校生以降は吉沢亮のような美しい役者が演じていて、画面が輝いて見える。
主人公の大は、優しく美しい母が大好きだし、耳の聞こえない母を自分が守らねば、という責任感を持っている。しかし、成長するに従って両親を疎ましく恥ずかしく思うようになってしまう。やがては故郷を捨てるかのように東京へと出て行ってしまうのだ。幼い頃から手話で両親と会話していたけれど、それがいつの日か重荷になり、やがて「普通の家の子に生まれたかった」という恨みとも劣等感ともつかない気持ちに押しつぶされそうになる。
この映画は最後までこれといって大きな事件や盛り上がりがあるわけでもなく、淡々と日常生活の描写が重ねられていくだけだ。しかしその積み重ねの中に小さな喜びも差別への怒りも、仕事への興味や成長も、ストレートに伝わるものがある。
映画の中では東日本大震災がまったく描かれない。あえて避けたのだろう。この物語は聾の両親を持つ子どもが生きる世界をわたしたちに垣間見せてくれる。そのさりげない日常がいかに「健常者」だけの家庭と異なるのかを知らせてくれる。そこに震災というファクターを入れてしまうと別の物語が始まってしまう。それを避けたのだろう(と、この映画について語り合う会が開かれたときに発言した人がいた。わたしもまったく同感だ)。
最後に、母親との葛藤を通して大が母をどれほど愛していたかがわかる回想シーンが登場する。人によってはこのシーンが感傷的すぎて忌避したくなるようだが、わたしはとてもいい場面だと思う。この映画を見てよかった。呉美保監督の作品で初めて好きになれるものに出会えてよかった。
2024
日本 Color 105分
監督:呉美保
企画・プロデュース:山国秀幸
製作:小山洋平ほか
企画:宮崎大
原作:五十嵐大 『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』(幻冬舎刊)
脚本:港岳彦
撮影:田中創
音楽:田中拓人
出演:吉沢亮、忍足亜希子、今井彰人、ユースケ・サンタマリア、烏丸せつこ、でんでん
