吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

東京カウボーイ

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 いま最も旬の役者の一人、井浦新の最新作はアメリカ映画である。しかも彼らしいと言えばいいのか、ハリウッドの大作ではなくインディーズ(独立プロ)系の作品に主演。大手食品商社の社員として大きな買収プロジェクトを成功させるなど、上昇志向に乗ってがむしゃらに働くサラリーマンの坂井英輝(ヒデキ)が井浦の役どころ。上司である副社長が婚約者で、藤谷文子が脚本も兼ねて演じる。

 ヒデキは会社が保有する採算不良のアメリカの牧場を立て直すためにモンタナ州へやってきた。自信たっぷりで和牛の飼育を地元の牧場主に提案するが、完全に無視される。神戸牛の専門家の和田を同行しているにもかかわらず、和田は怪我をして入院してしまう。ピンチに陥ったヒデキは果たしてどうやって危機突破するのか?

 この映画のプロットは、「主人公が異文化に出会って価値観の転換を迫られ、生き直しを図る」というもの。よくある話なので新鮮味はない。結末迄全部見通せる。しかも何か特別な事件が起きるわけでもなく、アクションもなければラブシーンもほぼ無い。退屈と思う人には退屈な映画かもしれないが、これが見ていて実に気持ちがいいから不思議だ。

 その心地よさの源は、主人公の真面目さにある。スーツ姿のエリート社員が一転してカウボーイハットをかぶった野生児もどきになる。彼はモンタナのラテン系若者に出会って、郷に入れば郷に従うことを学んだのだ。ひとたび学ぶと、根が真面目なのですっかりその気になってしまう。その姿が微笑ましいし、最初はおずおずと地元の人たちとの距離を測っていたヒデキも、いつの間にか心から楽しそうにしている。

 地元の人たちとの交流が大切だと知っただけではなく、彼はこれまで自分が手がけた仕事に「魂」ともいえる部分がなかったことにも気づかされる。そのきっかけとなるエピソードもユーモラスだ。

 本作の笑える面白い部分をほとんどさらっていったのが國村準。この人は本当に芸達者で英語も上手い。この映画に國村準を配したのはキャスティング担当の手柄だ。

 働くとはどういうことか。物を生み出すとはどういう価値を与えることなのか。そして、人が変わっていくとき、そのきっかけを手放さない真摯さと努力が大切だという、当たり前のことに改めて気づかされる映画だ。主人公は決して劇的には変わっていないように見える。むしろ彼の本質は何も変わっていない。彼の土台にある真面目さが生き直しを可能にしたのだろう。その本質を井浦新が体現している。モンタナの雄大な風景も共に劇場でぜひご覧あれ。(機関紙編集者クラブ「編集サービス」に掲載した拙文に若干追加)

2023
TOKYO COWBOY
アメリカ  Color  118分
監督:マーク・マリオット
製作:ブリガム・テイラー
原案:マーク・マリオット、ブリガム・テイラー
脚本:デイヴ・ボイル、藤谷文子
撮影:オスカー・イグナシオ・ヒメネス
出演:井浦新ゴヤ・ロブレス、藤谷文子、ロビン・ワイガート、國村隼