吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

パワー・オブ・ザ・ドッグ

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 この作品がアカデミー賞作品賞にノミネートされたことがまずは驚きだ。このようなハリウッド映画らしくない作品(とはいえ、遅れてきた西部劇という風情はある)がアカデミー会員に受け入れられたということは慶賀である。この映画の雄大な映像を見れば、これが家庭用に配信された作品であることが第二の驚きだ。十分に劇場公開に堪えるだけのクオリティがある(やはり劇場でも公開されたようだ)。

 1920年代半のモンタナ州を舞台とする、ある牧場主一家の愛憎劇。若き跡取り息子フィルはパワハラの権化のような粗野な男。しかし実はイェール大学を卒業しているインテリという意外さに驚く。フィルの弟ジョージが子連れの未亡人ローズと結婚し、フィルとジョージ一家の計4人で同居し始めたことから邸宅の中に不穏な空気が漂い始める。フィルがローズを陰湿にいじめるのだ。それだけではなく、ローズの連れ子でひ弱な大学生であるピーターにも嫌がらせをし、あからさまに侮辱する。このピーターを演じたコディ・スミット=マクフィーが折れそうなほど細くて足が長く、顔が異様に暗くてまるでサイコパスのように見えるところが不気味だ。

 しかしやがてフィルの態度が徐々に軟化し、ピーターに親しく接するようになっていく。二人の関係に変化が現れたかに見えたのだが…。

 緊張と萎縮で冷や汗がでそうな心理劇が展開し、徐々に不穏な空気が漂い始める。結末に至って、さまざまな小道具が伏線だったことに気づいて感動した。フィルのひねくれた性格が実は彼の秘密からもたらされていることが観客にもわかるようになってくる後半、それまで嫌な男にしか見えなかったフィルにわたしは同情心を抱く様になった。

 映画全体を覆う静かな恐怖は、抑圧者と被抑圧者の間に横たわる支配の論理がもたらしている。フィルの威圧に萎縮して心の均衡を失っていくローズ。母ローズの様子に心を痛めるピーター。そんなピーターをいつしかかわいがるようになるフィル。この三すくみの関係は、フィルたちの隠居している両親が屋敷にやってくるときに緊張の頂を築く。

 「ブロークバック・マウンテン」を髣髴とさせるような設定、風景。これもまたさまざまな差別が剝き出しだった時代の、胸の奥に秘めた複雑で歪んだ心理がもたらした悲劇の一つであろう。

 台詞ではなく映像で語らせるカンピオン監督の演出力は高い。ヴェネチア映画祭で監督賞を獲ったのも納得の作品だ。ほかにも多くの映画賞を受賞している。結果的にはアカデミー賞監督賞を獲った。納得の出来である。(Netflix

2021
THE POWER OF THE DOG
アメリカ / イギリス / ニュージーランド / カナダ / オーストラリア  Color  127分
監督:ジェーン・カンピオン
製作:ジェーン・カンピオンほか
原作:トーマス・サヴェージ 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(角川文庫刊)
脚本:ジェーン・カンピオン
撮影:アリ・ワグナー
音楽:ジョニー・グリーンウッド
出演:ベネディクト・カンバーバッチキルステン・ダンストジェシー・プレモンス、コディ・スミット=マクフィー、フランセス・コンロイキース・キャラダイン