2016年の軽井沢スキーツアーのバス事故で亡くなった学生が最後に読んでいた本が、小熊英二『社会を変えるには』だったという記事が「朝日新聞」(2017.1.15)に掲載されている。日本の学生はなかなか社会を変えるための行動に立ち上がらない。安保法制反対運動の時にシールズなどの団体が生まれたが、いつのまにか解散してしまった。
だが、ブラジルでは高校生が学校占拠という手段に訴えて、法律を変えさせるという力を発揮した。この映画は複数の撮影者が記録した映像を編集して、2013年以来の高校生と大学生の闘争を見事に活写した。なんといってもポップな編集が巧みで、いかにも南米の陽気な学生らしい雰囲気がよく表れている。社会運動に立ち上がった生徒たちのほとんどが貧困層で、つまりは黒人が多い。彼らはラップを歌い、踊り、叫び、デモし、学校に侵入し、占拠する。「バス代を下げろ」「学校統廃合に反対!」が彼らの主張だった。
この映画は、運動当事者の3人の若者が当時を振り返り、ナレーターを務めるという構成をとる。今でも若者だから、2013年は小学生だった者もいる。高校生だった自分が映っている映像を見ながら照れたり笑ったりする様子も微笑ましい。
もともとはバス代値上げ反対運動から始まった社会運動は、たちまち多様な課題を掲げるようになった。曰く、男女平等の実現、人種差別反対、LGBTQの権利を認めよ……。そして2015年には高校の統廃合に反対する生徒たちが学校を占拠し、その動きはたちまち全国に広がった。公共政策を進めてきたはずの左派政権の腐敗や汚職を批判し、彼らはついに大統領を辞任に追い込んだ。しかしその結果が、極右政権の登場へと道を拓くことになるとはなんという皮肉だろうか。2018年の大統領選挙で当選したのは「ブラジルのトランプ」と呼ばれているボルソナロだ。
だが、その結果をどう考えるのかを問いかけるのがこの映画のテーマであると同時に、この巨大なうねりを作った若者たちの闘争が今に続いていることを高らかに宣言することもまたこの映画の目的ではなかろうか。
大学生たちが全国学生連盟の総会会場で拳を突き上げ、それぞれの党派の旗を掲げてシュプレヒコールを上げる熱気は映画全体を覆う。その様子は50年前の全共闘運動を髣髴とさせるものだ。しかし、日本の全共闘と違って、ここにはヘルメットとタオルの覆面姿の学生は一人もいないし、角材もない。意見の違いによる左右・中間派の対立はあるが、内ゲバがないのが救いだ。
映画の惹句に「軍警察が放った爆弾1発で、私たち高校生の給食529人分がぶっ飛んだ」とある。学生のデモに対して放たれた弾丸一発の値段を給食費に換算する彼らのセンスが光っている。
この映画は、ボルソナロ大統領が就任する前夜に完成した。ここに記録された学生たちは結果的に極右政権を招いてしまったのだろうか。歴史の審判はまだ早い。「これは君の闘争」なのだから。
2019
ESPERO TUA (RE)VOLTA
監督:エリザ・カパイ