吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

クライシス

https://eiga.k-img.com/images/movie/95054/photo/013ce8c16640cb1b/640.jpg?1621326613

 劇場未公開作。確かに地味だし、構成がわかりにくいのでそうなったのかもしれないし、コロナ禍のせいかもしれないが、見ごたえのある社会派作品なので映画館でかからなかったのは残念だ。

 本作はアメリカで現在、大問題になっている鎮痛剤オピオノイド中毒問題を扱い、製薬会社・大学・政府機関の癒着を鋭く追及するサスペンスである。

 巻頭、美しい冬山が映る。映像があまりにもきれいなので感動したら、これはBlu-rayディスクであった。この場面はアメリカ・カナダ国境の森林地帯である。ここで麻薬密輸人が逮捕されたことから物語が動き始める(この場面で、2009年1月にミシガン州に出張したことを思い出した。デトロイトの街からカナダはすぐ目の前だった)。

 しかしこの後、3人の群像劇となる各パートのつながりがよろしくない。ドラッグの大量摂取で「事故死」した大学生の母クレアが一人で真相を探り麻薬組織に立ち向かおうとする復讐パート、麻薬組織に潜入捜査官として入り込むジェイクのアクションパート、オピオノイド新薬の依存症率の高さを知って薬害を事前阻止しようとする大学教授タイロンの良心パート。役者がいずれも大変いい演技を見せていて、もちろんゲイリー・オールドマンは職人芸だから当然としても、アーミー・ハマーも自分の妹がオピオノイド依存症で廃人寸前であることが彼の正義感を燃え立たせていることを観客に強く納得させる、よい演技をしている。クレア役のエヴァンジェリン・リリーはあまり見かけない女優だが…と思ったら、「アベンジャーズ エンドゲーム」に出ていたのであった。まったく印象が異なるからわからなかった。

 さて、つながりがよろしくないと書いたが、けっこう手に汗握るスリルのある展開となっていく。教授タイロンは良心に苛まれて製薬会社と大学に事態の深刻さを直訴するが、逆に大学での終身雇用の地位を剥奪すると脅迫されてしまう(テニュアですな)など、「科学者としての良心と安定した地位」とを秤にかける身につまされる場面もあり、見ごたえはある。

 こういう3つのパートに分かれた物語だと、最後にうまくこれらが絡まりあって大団円を迎える爽快さがあるはずなのだが、本作はそこが弱い。

 全編にわたってなかなか緊迫感に満ちており、さらに最後の結末も現実の厳しさを反映していて、どっちが「勝った」と言えない微妙な終わり方である点にはうならされる。最後にテロップが流れる。「毎年10万人がオピオノイド中毒で死亡する。アメリカ国内では過去2年間にベトナム戦争の戦死者よりも多く人が亡くなった」と。よい映画だ。(レンタルBlu-ray

2021
CRISIS
アメリカ  119分
監督:ニコラス・ジャレッキー
製作:カシアン・エルウィズ、ニコラス・ジャレッキー
脚本:ニコラス・ジャレッキー
撮影:ニコラ・ボルデュク
音楽:ラファエル・リード
出演:ゲイリー・オールドマンアーミー・ハマーエヴァンジェリン・リリーグレッグ・キニアミシェル・ロドリゲス、リリー=ローズ・デップ