吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

東京自転車節

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 都会ではすっかりお馴染みの光景となったウーバーイーツの配達員がひたすら自転車で走り回る、というドキュメンタリー。アメリカからやってきたこの仕事、ギグワーカーと片仮名で呼べばかっこういいように聞こえるかもしれないが、とんでもなく悲惨な仕事である。

 2020年4月。実家暮らしの山梨県の田舎でコロナ禍の影響により無職になってしまった青柳拓青年は、奨学金という名の借金返済にも追われ、やむなく東京で配達員をやってみることにする。意外と悲壮感もなく、「ウーバーイーツで稼いで100万円貯めるぞー」と意気盛ん。

 映画は自転車を漕いでいる青柳監督の自撮りによるスマホ映像に加えて、Goproというアクションカメラを自転車に装着することにより、自転車を漕ぐ人間の視点による撮影を行っている。基本的にこの2台による映像が使われているわけで、なんだそれではYoutuberとどこが違うのかと聞きたくなるのだが、やはりプロの編集の技が入っているので、なかなかに面白い仕上がりとなっている。まさにコロナ禍の「今」を切り取ったドンピシャの労働映画である。

 ウーバーイーツの配達員は会社との雇用関係のある「労働者」ではなく、個人事業主だ。つまり、法的には自営業者ということになる。だから、労働者なら保障されているはずの労災保険にも加入していない。「すきま時間」を使った副業にすぎず、これが学生バイト的な感覚なら問題もなさそうだが、昨今の非正規労働者激増の時代では、この仕事を主たる収入源にする労働者が増えていることが大問題だ。

 労働問題を背負った青柳監督が自虐的に自分の姿をとらえる映像は笑えるかもしれない。しかしわたしは見ているうちにどんどん怒りが湧いてきて、これはとんでもない映画だと毒づいていた。いや、映画が悪いというのではなく、いくら働いても最低賃金に満たないような働き方しかできないこの仕事について、結局誰が利益を得ているのか、という怒りが湧いたのだ。

 確かに要領のいい配達員はこの仕事で1日1万円から2万円近くを稼ぐかもしれない。しかし不安定な収入でこの仕事が続けられるのだろうか。配達員になるための初期投資もばかにならない。あの四角いリュックも5000円をはたいて購入せねばならないのだ。自転車のメンテナンス料も自分で持つ。それもこれも自営業者だからだ。

 この映画を見てケン・ローチ監督の「家族を想うとき」を思い出す観客は多いだろう。もう腹が立ってしょうがない。誰が被害者なのか判然としないこの世の中で、確かに「システムのせい」「社会のせい」と言ってすましていられる人もいるかもしれない。しかし圧倒的多数は誰のせいにすることもなく今日を生き、明日も生きるために働いているのだ。そんな真面目に生きようとする人がなんで野宿者にならねばならない?

 青柳監督が接する何人もの人たちの証言もまた興味深い。偶然に出会ったという役者や戦争ばあちゃんやらが、将来への夢や過去への怒りをカメラに向かって語る。彼がかかえる孤独を、友人や先輩たちとの狭いネットワークが少しずつ癒してくれる。食べ物の配達という仕事を通して感じる孤独や、その逆に人とのつながりが生む喜びといった機微が、一人の若者に生きるためのささやかな力を与えていることも画面から伝わる。

 最初のうちは自分の悲惨な状況にも頓着することなくヘラヘラしている青柳にわたしはイライラさせられたのだが、次第に彼がこの仕事の本質的な問題に気づき始めていく過程が見えてくると、一人の若者の小さな世界から社会全体のシステムの問題へと俯瞰する視点が立ち現れ、軽い感動を覚えるまでになる。

 配達員と一体となったカメラによって疾走感を共有しつつ、都会の中で手さぐりで生きている若者の姿、その喜怒哀楽に共感したり呆れたり同情したり怒ったりしながら、最後はなんとなくこの青柳青年が愛しく思えているから不思議だ。(機関紙編集者クラブ「編集サービス」に掲載したものに加筆)

2021
日本 Color 93分
監督:青柳拓
プロデューサー:大澤一生
構成:大澤一生
撮影:青柳拓、辻井潔、大澤一生
編集:辻井潔
音楽:秋山周