吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

へんしんっ!

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 バリアフリー上映ならぬ、「オープン上映」と名付けられた方法で公開されるこのドキュメンタリーには、視覚障がい者のための音声ガイドと、聴覚障がい者のための字幕が付いている。映画の冒頭しばらくは「え、何この映画?」と驚いてしまったが、すぐにその状態にも慣れて、ときどき目をつぶりながら音声ガイドだけで鑑賞してみたりした。このガイドで本当に目の見えない人に理解できるのだろうかと疑問に思いながら見ていたわけだが、ガイドの説明は本当に難しい。音声ガイドの女性を主人公にした河瀬直美監督の「光」を思い出したりした。

 本作の監督・編集・主演は電動車椅子で生活する立教大学生の石田智哉である。被写体であると同時に客体でもある「しょうがいしゃ」としての自らを記録していく過程で、何人もの障害者と出会い、彼自身が変わっていく。タイトルの「へんしん」は石田監督の変化を示すと同時に、映画の最後のほうで上演される舞踊劇のタイトル、「カフカの変身から考える生の揺らぎ」をも指す。

 主な登場人物は振付師で立教大学特任教授の砂連尾裡(じゃれお・おさむ)、日本ろう者劇団の女優・佐沢静枝(さざわ・しずえ)、盲人俳優・美月めぐみ、美月が属する劇団を主宰する鈴木橙輔(すずき・だいすけ)。砂連尾が語る、「しょうがいとはコンテクストが違う身体」という言葉の含蓄に瞠目させられる。

 砂連尾にダンスに誘われることによって石田監督が大きく変わっていく。「車椅子を降りた石田くんの動きが見たい」と言われ、車椅子から降ろされて床に寝転がる石田。動くようにと指示される方向とは逆のほうにしか体が動かない彼が、懸命にもがく様に足を動かしているその隣に寝そべる砂連尾が全身で石田を包んでいく。ここは見ている観客も思わず緊張してしまう場面だ。身体的な接触に対する独特の緊張感が漂う。触れそうで触れない。触れるけれども、密着しすぎない。

 しょうがいにも様々な違いがある、と石田が知っていく過程もまた興味深く、健常者と障がい者の間にあるバリアだけではなく、障がい者同士の中にあるバリアにも気づかされていく。「ダンスに誘われて自分の身体を肯定的に捉えるきっかけになった」と石田は語る。

 ラストシーンでは障がい者と健常者6人が共に即興ダンスを静かに踊る。くねくねと身体を捩じり、互いの身体を近づけたり少し離れたりしながら、やがて車椅子の石田を取り囲んでいく。この場面は身体の接触とその距離感の絶妙さに息を飲む。手を取り抱き上げ、いつしか囲みあう。しかし、すんでのところで深くは交わらない。これは、人と人の関係そのもののあり方の始原の姿を現していることに気づかされる。

 自分自身の中にある、異質な物への嫌悪感や違和感、ゴツゴツとした硬い殻に気づかされ、居心地の悪さにお尻がもぞもぞする映画体験でもあった。驚異の作品であり、この驚きは見た人にしか味わえない。映画を見終わったあと、「へんしん」できただろうか、わたしは? 観客がそのように内省する深みをもった作品。 

2020
日本 Color 94分
監督:石田智哉
企画:石田智哉
プロデューサー:藤原里
撮影:本田恵、壷井濯、松下仁美
編集:石田智哉
出演:石田智哉、砂連尾理、佐沢静枝、美月めぐみ、鈴木橙輔、古賀みき