吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

ジョゼと虎と魚たち

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 ジョゼと名乗る足の不自由な少女と大学生恒夫との淡い恋物語。ではなく、実はジョゼは幼く見えるが恒夫より2歳年上の大人の女性なのだ。しかも、ガラの悪い大阪弁で横柄にしゃべる。とてもじゃないが「ジョゼ」という愛らしい響きにぴったりの乙女ではない。

 原作は1984年に書かれた田辺聖子の短編で、それが2003年には実写映画化され、心に残る名作となった。それから15年以上が経って今度はアニメになることにより、実写ならではの生身の人間から立ち上る悪意やエロスがすっかり脱色されている。他方、アニメならではのファンタジー表現が心地よく楽しい。どちらがいいかは好みによるが、観客の対象年齢がぐっと下がったと思える一方で、大人が見ても楽しめる爽やかな作品に仕上がった。

 祖母と二人きりでボロ家に住み、ほとんど引きこもり状態の自称ジョゼはある日、坂道を車椅子ごと転がり落ち、危ういところを通りかかった恒夫に助けられた。それが運命の出会いだったのだ。この日を境に、恒夫はジョゼの車椅子を押して彼女の世話をするバイトを始めることになった。しかし二人の恋はそんなにたやすく始まらないし、一直線に進むわけでもない。素直ではないジョゼは恒夫を「管理人」と呼んで命令を下し、無理難題を押し付ける。恒夫はジョゼに振り回され怒りながらもどこかでその生活を楽しんでいる。

 ジョゼは恒夫に図書館に連れて行ってもらって、女性司書と仲良くなる。彼女と出会うことによってジョゼは子どもたちに下手な読み聞かせまでして、ついには手描きの絵本で人魚姫のオリジナルなお話をするまでに成長する。これは司書の役割がきちんと描かれた、なかなかに優れた図書館映画になっている。おそらく図書館関係者がアドバイスしているのだろう。

 大阪や神戸を舞台にしたと思われる場面がいくつも登場するので、地元民にとっては懐かしい馴染みの風景が目白押しだ。「あっ、中之島公園か? これはなんばパークスシネマ! 王子動物園かな、天王寺動物園か。おっ、ここは天下茶屋ちゃうか」などと思っているうちに目まぐるしく切り替わるのが忙(せわ)しなくも嬉しい。

 ジョゼの部屋がおとぎの国の小さな少女の部屋のようで、アニメらしくて好ましい。アニメならではの海の表現、魚がジョゼと恒夫を満たしていくスケールの大きな画面がとてもよい。

 三人称で書かれた原作、主に恒夫の視点で描かれていた実写版、そして今度のアニメは原作寄りの作風になっている。今やネットの世界ではささくれ立つ言葉が溢れ、攻撃的で独りよがりな言説のほうが論理的展開よりも好まれている、そんな時代なのにこのアニメではそんなことはまったくどこにもないかのように、言葉遣いの荒いジョゼに愛すべきものを見出した恒夫が心を寄せていく。そして恒夫に守られていたジョゼが、いつしか絵本作家を目指して一人努力するようになる姿が描かれる。 

 実写は二人の出会いから別れまでを描き、ジョゼの凛とした美しさが最後に輝く映画だった。今度のアニメではやはりジョゼの成長が描かれるが、少しテイストが違う。どちらがお好みか、ぜひ見比べてみてほしい。原作の時代から40年近くが経ち、実写の時代からも15年以上が経過した。何も変わっていないと思われるようなことでも、やはり時代は確実に変わっている。MeeTooはかつては無かった。原作でちらりと言及される1980年代までの障害者解放運動も今では、かなり様相が違うのではないか。そもそも実写の2000年代ですらもはや社会運動は描かれなかった。

 時代の流れを感じさせる部分はほかにもいくつかある。実写では雀荘でバイトしていた恒夫だが、アニメではダイビングショップでバイトしているというのが今風の設定だ。アニメの恒夫にはいつかメキシコに留学して幻の魚の群れを見るという夢がある。もう一つ、原作ではジョゼと祖母は生活保護で暮らしていると書かれており、実写では障害者手帳を申請して許可され、福祉の支援によって家の改造が可能になっていく場面があった。それに対して、アニメではジョゼが使いやすいように椅子を改造するのは恒夫の役目だ。ジョゼたちが生活保護で生活しているというセリフはない。つまり、公助が描かれた実写版に対して、アニメでは自助努力が描かれている。これも新自由主義時代を反映しているのだろうか。

 図書館、映画館、公園、動物園、駅前、ダイビングショップ、その他もろもろいずれもが大阪を中心とする実在の場所を使って描かれている。それがどこか当てるのも地元民の楽しみだ。ぜひご覧あれ。

2020

日本、 98分

監督:タムラコータロー

アニメーション制作:ボンズ

原作:田辺聖子

脚本:桑村さや香

音楽:Evan Call

声の出演:中川大志、清原果耶、宮本侑芽