「Uボート」を見たときの感動にも似た、傑作反戦映画である。戦争映画に何を求めるかによって評価が分かれる作品でもある。戦車アクションを見たければ「ヒューリー」をお薦めする。この「レバノン」には爆撃でスカッとするような場面もなければ、アクションで手に汗握るようなこともない。しかし、間違いなく戦場の緊張と虚無が流れている。
映画の舞台となったイスラエルのレバノン侵攻は1982年に起きた。この映画の背景となる中東の情勢を理解していなければ、いったい何が起きているのか、どこの国と国が戦争していて、どっちがこの国の兵士でそこに宗教がどうからむのかもわからないだろう。したがって予備知識は必須なのだが、一方でそのような知識が皆無であってもなおこの映画が伝えようとしている戦争の恐怖と無慈悲は観客の腹に響くだろう。
映画の場面は暗くて狭くて息が詰まるような戦車の中のみである。若い兵士4人が乗り込んだ戦車は広大なひまわり畑を抜け、レバノンの市街を進軍していくのだが、戦闘に慣れていない兵士たちばかりで右往左往している。潜望鏡越しに見える景色は住宅街への爆撃がもたらした阿鼻叫喚である。
引き金を引けない怯えた砲撃手や、部下を統率できない若い上官、上官に反抗する年上の兵士、といった使えない連中ばかりが街中で迷い、目的地を失い、捕虜として戦車の中に留め置くことになった敵兵にもてこずり、混乱と恐怖の極みへと追い詰められていく。次第に全身が油まみれのドロドロになり、目ばかりがギョロギョロと恐怖に大きく見開かれていくその様子には、閉塞感とともに恐怖で観客にまで震えがくる。
実際に戦車に乗ってレバノン侵攻に参加したというサミュエル・マオズ監督ならではのリアルな緊迫感に貫かれた作品。2009年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞。(レンタルDVD)