吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

トム・オブ・フィンランド

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 ゲイ・カルチャーの先駆者と呼ばれた、フィンランド出身の画家「トム・オブ・フィンランド」(本名トーコ・ラークソネン)の半生を描いた静かでかつ力強い映画。
 第2次世界大戦が始まったころ、フィンランドでは対ソ戦争が起きていた。トーコが若いソ連兵を殺害するシーンはおそらくその時のことであろう。これが彼にとって大きな衝撃であったことは間違いない。死んだソ連兵をスケッチしながら、彼は何を考えていたのだろう。この時の体験がきっかけで、トーコが繰り返し髭のある軍服姿やマッチョな若い男を描くようになったというのが本作の解釈のようだ。
 戦争が終わってから、トーコは同居する妹の紹介で広告会社の仕事を受託するようになる。そして夜は密かに自分のために絵を描いていた。美しく力強い男たちの絵を。
 1971年までフィンランドでは同性愛は犯罪として取り締まりの対象であった。愛し合う相手を見つけるためには深夜に公園を彷徨うしかなかった時代だ。警察の同性愛者狩りに遭ってひどく打擲される仲間もいた。
 やがて生涯のパートナーとなるダンサーと巡り合ったトーコは、1956年末アメリカの同性愛者が愛読する雑誌に自身の作品を送った。本名では英語発音が難しかろうと、「トム」とサインして。受け取った編集者は「トム・オブ・フィンランド」というペンネームを考えて表紙に採用した。ここから彼の名前が一気に知られることとなる。
 従来のゲイはなよなよとした姿で描かれることが多かったが、トーコが描いたゲイはみな筋肉隆々で、胸も尻も豊満かつ引き締まっている。黒いレザーコートや帽子をかぶった姿や、バイクにまたがる姿が描かれている。豊満な女性をそのまま男に描き換えたようなエロっぽい姿だ。
 こういう男性像は権力的で力強く、わたしにはむしろ暴力的に見える。虐げられてきたゲイの人々の欲望を解放し、自己肯定するためにはこのような明るく楽し気でそそる絵柄が好まれたのだろう。その筆致は現在のポップカルチャーの至るところで影響を見ることができるようなものだ。ただし、わたしは美術史における彼の位置を知らないため、印象でしか語れない。また、黒レザーを着込んだエロティックな男性像がこのトム・オブ・フィンランドが生み出したものであったとも知らなかった。
 彼はかなり制服が好きだったみたいで、軍服もしくはそれに類する衣装の男をたくさん描いている。ここが不思議だ。軍服やバイクなどが表象する「力」に彼は惹かれていたのか。
 直接的な性的描写も多数あるため、アングラ世界でしか通用しないと思われていた彼の作品を芸術として世間に認めさせるために、恋人のニパが個展を開くことを勧める。いよいよトム・オブ・フィンランドが表舞台に登場する時代になっていた。 
 男性同士の愛は、ほとんど男女の不倫愛と同じ。人前で手を繋いで歩くことができない、だからそれが夢だ、と語る悲しい愛。だから、ラスト近くでトーコとニパがおずおずと静かに、しかし堂々と人前で手を握り合うシーンは最高に美しい。
 映画は全体としてとても静かな筆致で描かれている。フィンランドの凍てつく空や海の光景は、それはそれとしてとても美しい。全体に明るさを抑えた画質であるが、トーコがアメリカを訪れたときだけは画面が一気に明るくなり、むしろ明るすぎるカリフォルニアの開放的な人々にトーコが驚き陶然となる様子がよく描写されている。このストップモーション場面が秀逸だ。 
 トーコは闘うアクティビストというよりも、静かに煙草をふかして絵を描き続ける人というイメージがこの映画では一貫している。煙草を吸うシーンがやたら多いのも特徴だ。
 ところで、本作はR18+のレートで公開されている。配給会社は映倫に対して抗議したようだが、聞き入れられなかったという。ほかにいくらでもハードな性描写のある作品があるのに、なぜこれがR18 なのか謎だ。観客動員数に響くことが案じられる。もったいない。  

(2017)
TOM OF FINLAND
116分、フィンランドスウェーデンデンマーク/ドイツ

監督: ドメ・カルコスキ、脚本: アレクシ・バルディ、音楽: ヒルドゥル・グーナドッティル、ラッセ・エネルセン 
出演: ペッカ・ストラング、ラウリ・ティルカネン、ジェシカ・グラボウスキー、タイスト・オクサネン