次回作が書けなくてスランプに陥る女性作家のもとに熱烈なファンを自称する美しい女性が現れた。彼女の名前は「ELLE(彼女)」。エルもまたライターだ。ただし、エルはゴーストライターで、他人の自伝を書いているのだという。いつのまにかすっかり作家の信頼を得たエルは徐々に作家を支配するようになり・・・
というような話はいくつかデジャヴュに襲われるようなストーリー展開。典型的には「ミザリー」。ほかにもこういう話はいろいろあったような気がする。
本作の主人公である作家の名はデルフィーヌ。夫とは円満な別居生活で、彼女はその距離感を楽しんでいるが、実はそのことがデルフィーヌの孤独を高めていることに本人は気づいていない。熱烈なファンのエルはデキる女なので、デルフィーヌのスケジュール調整やメールの代理返信を行なったりして、もはやデルフィーヌの生活の切り盛りは全部エルが行うようになっていく。このエルをエヴァ・グリーンが演じているというのがぴったりのキャスティングだ。頭がよくて美しく、謎めいていて恐ろしい。取って食われそうなほどにこちらの心をわしづかみにしてくるエヴァ・グリーンの瞳が不気味だ。スレンダーな長身もまた格好よくて、ウォッカやワインをぐいぐい飲む様子もほれぼれするような女なのだ。
映画の前半はそんなエルにデルフィーヌがどんどん惹かれていき、依存していく様子が描かれる。やがてデルフィーヌがケガをしたため、エルは郊外での静養を持ち掛ける。舞台がパリから郊外の別荘に移ってからがいよいよオカルト風味を増していく。エルの運転で郊外へ向かうその道すがらに起きるちょっとした「事件」が不穏な空気を濃くする。観客はそろそろ気づくのだ、「これはおかしい」と。そして別荘でさらに恐怖がボルテージを上げて徐々にデルフィーヌに襲い掛かる。
さすがにポランスキー監督は観客を追い詰め怖がらせる技に長けている。音楽も絶妙に恐怖をそそる。エルは何者なのか? 彼女の狙いはなんなのだろう。復讐か、自己顕示欲か、それとも…?
最後のシーンでネタが明かされるが、つじつまの合わない場面がいくらでもあったことを思い出す。でもそんなことはどうでもいいのだ。これはポランスキーの作品なんだから。緻密なサスペンスではなく、心理サスペンスであり、「怖がること」が観客にとって大事なのだ。なぜ怖がることが必要なのだろう。なぜわたしたちはサスペンスが好きなのだろう。それは、主人公デルフィーヌと同じくわたしたち観客もまた日々ストレスに押しつぶされそうになり、常に前進することを強いられ、疲れ果てているからだ。ここではないどこかに行きたい。今とは違う人生を送りたい。今の自分よりももっと優秀な自分になりたい。その欲望がなくならない限り、この映画を観続ける人は絶えないだろう。
D'APRES UNE HISTOIRE VRAIE
100分、フランス/ベルギー/ポーランド、監督:ロマン・ポランスキー、製作:ワシム・ベジ、原作:デルフィーヌ・ド・ヴィガン『デルフィーヌの友情』、脚本:オリヴィエ・アサイヤス、ロマン・ポランスキー、撮影:パヴェウ・エデルマン、音楽:アレクサンドル・デスプラ
出演:エマニュエル・セニエ、エヴァ・グリーン、ヴァンサン・ペレーズ、ジョゼ・ダヤン、カミーユ・シャムー、ブリジット・ルアン