吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

帰ってきたヒトラー

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 上映開始時刻に間に合わず、巻頭10分を見損ねた。その間に何があったんだろう。席に着いた時はちょうどヒトラーがワープした瞬間の場面だった。ヒトラーを物まね芸人と思いこんだ売れないTVディレクターのザヴァツキが、彼を政治バラエティに出演されることを思いつく。企画は局長に無視されたされたため、Youtubeに映像をアップしたところ、大変な人気。これは売れると直感した上司がザヴァツキのアイデアを取り入れることにする。いよいよ衝撃の生放送が始まるのだった…… 

 これ、ひょっとしたら今年一番の衝撃作かもしれない。もちろんフィクションだとわかっているのだけれど、ドイツの人々にインタビューしていくテレビ番組のシーンはとてもフィクションとは思えない。これ全部今のドイツの現状をそのまま映したドキュメンタリーではないのか? そんな疑いがふつうに持ち上がるほど真に迫っていて、震撼する。なにが背筋震えるかというと、移民のせいで社会不安が起きているとか失業が増えているとかさまざまな「街の声」にリアリティがありすぎているのだ。一部のインタビュイーの顔が伏せられているのが余計にリアリティを増大させる。見終わってから劇場用パンフレットで確認したところ、やはりこの街頭シーンは全部ドキュメンタリーであった。ヒトラーに扮した役者がそのままの姿で街頭に出たところ、若者たちがワラワラと寄ってきてはヒトラーと一緒に自撮りしたり大騒ぎ。この状況がもうコメディを通り越している。

 映画の中のヒトラーは自分が未来の世界にタイムスリップしたことを理解しており、そのうえで周到なプロパガンダ作戦に出る。原作の小説がそもそもヒトラーの一人称作品であったため、映画でもたびたびヒトラーの独白が流れる。それが面白おかしくも恐ろしい。ブルーノ・ガンツが熱弁を振るう場面がYOUTUBEで何度も再生されている、「ヒトラー 最期の12日間」の有名なシーンがパロディ再現されているのも思わず笑ってしまうが、いくつも笑える場面が続出するにも関わらず、最後はぞっとして終わるという恐るべき映画だ。

 ドイツのこの状況はそのまま日本にも当てはまるのではないか。強い言葉で「責任」を語る姿勢に惹かれる若者たちは、日本にもいくらでもいる。独裁者は選挙で選ばれた。そのことを改めて思い出さされる。

ER IST WIEDER DA
116分、ドイツ、2015 
監督・脚本: ダーヴィト・ヴネント、製作: クリストフ・ムーラー、ラース・ディトリッヒ 、原作: ティムール・ヴェルメシュ、脚本:ミッツィ・マイヤー 、音楽: エニス・ロトホフ
出演: オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルプスト、カッチャ・リーマン