エル・ライブラリーでは熊沢誠著『私の労働研究』の読書会を3回に分けて開催する。その第1回を本日午後からもつ。6章は映画評である。映画通の熊沢誠氏にふさわしく、いずれも素晴らしい作品ばかりが選ばれている。今日の読書会ではその6章について、これまたシネフィルといったらこの人、という阿久沢悦子さん(朝日新聞記者)が講師となって解説してくれる。最新の映画情報もふんだんに加わる予定なのでとても楽しみだ。して、この「愛の勝利を」は熊沢本に挙げられていた作品のひとつ。
ムッソリーニの愛人の話と言うから、てっきり彼といっしょにパルチザンに殺され、広場につるされた女性だと思っていたが、そうではなかった。ムッソリーニの私生活から抹殺されたイーダの半生記だったのだ。独裁者ムッソリーニは政権奪取後にスキャンダルを恐れて、イーダと彼女との間に生まれた息子を別々に幽閉する。結局最後は「妻子」とも精神病院で亡くなるのだが、ムッソリーニの非道な仕打ちに生涯を翻弄された女の激しくも悲しい物語だ。
と書けば随分ドラマティックなストーリーかと思うが、実はストーリーじたいはさして面白くない。というより、よくわからない。見せ場はドラマではなく、映像の技巧にある。
当時の実写フィルムを随所に挿入し、時間軸を瞬時に飛ばし、ジャンプカットを駆使して映像コラージュを編み上げ、文字アニメーションや漫画まで登場する。オペラまであるサービスぶりにはうなってしまった。けっこうせわしない編集になっているわけだが、映像はすこぶる美しい。天から降りしきるまっしろい雪を鉄格子から見上げるシーンの幻想的な美しさは特筆に価する。深い陰影のモノクロ映画を思わせるような夜の場面、雷鳴がとどろく中を精神病院から脱走したイーダの鬼気迫る姿には、計算されつくした光と影の効果が絶妙に現れている。文字通り「脱走」した彼女が再び連れ戻されるときの絶望と諦念を、その美しい静かな横顔を車内から映すことで的確に描写した。しかもこの車内からのカットは二度登場する。実に印象深くカメラを使うベロッキオの完璧な計算が、画面設計のすべてにいきわたっている。
イーダを演じたジョヴァンナ・メッゾジョルノの体当たり演技も絶賛もの。後半はムッソリーニは登場せず、ほとんど彼女の熱演が画面を制する。若き日のムッソリーニだけが彼女の思い出の中でいつまでも愛の輝きを失わない。現実のムッソリーニは独裁者として人民の憧憬の的となり、熱狂に包まれて熱弁を振るう権力の権化である。
幾度も挿入される1920年代のサイレント映画はたいへん興味深く、チャップリンの「キッド」を見て引き裂かれた息子への愛に泣くイーダの哀れさには心を打たれた。
こんなややこしい映画はきっと監督本人が編集したに違いないと思ったら、カルロ・クリヴェッリという編集者がいたのであった。その腕前に感動。(レンタルDVD)
VINCERE
128分 ,イタリア/フランス ,2009
監督・脚本: マルコ・ベロッキオ、撮影: ダニエーレ・チプリ、編集: フランチェスカ・カルヴェリ、音楽: カルロ・クリヴェッリ
出演: ジョヴァンナ・メッゾジョルノ、フィリッポ・ティーミ、ミケーラ・チェスコン、ピエール・ジョルジョ・ベロッキオ