吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

最愛の大地

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 ボスニアの内戦を描いた力作。ボスニアの俳優にわざわざ訛った英語をしゃべらせた是非はともかく、今この映画を撮ることがアンジーにとっては大事だったのだろう。社会的活動に熱心で、国連難民高等弁務官事務所の親善大使を長らく務めてきた彼女ならではの企画だ。

 性愛を武器に敵の懐に飛び込むスパイの手法は「ラスト、コーション」を思い出す。「ラスト、コーション」と違って、ムスリムセルビア正教徒に分かれて憎しみあう二つの民族の男女はもともと恋人同士だった。物語は1992年、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の開始から1995年の停戦までを一組の男女の愛憎を中心に描いていく。セルビア人の将校ダニエルとムスリムの美しき女性アイラ。この二人はある日突然始まった戦争によって敵味方に分かれることになり、アイラはセルビア軍によって他の大勢の女性たちとともに彼らのキャンプ地に強制連行される。そこで待っていたのは性奴隷と家事労働の仕事。だが、ダニエルがアイラをレイプから救い、隊長としての特権を行使してアイラを囲うことになる。

 陰鬱な空とぬかるむ大地、荒廃する町、犯され愚弄される女たち、セルビア人のムスリムに対する異様な憎しみ、ダニエルとアイラの複雑な愛情。これらが混ざり合って物語は常に緊張をはらみながら進む。残虐行為には反対といいながらもダニエルは狙撃手として「敵兵」を撃つし、アイラを大切に思いながらも疑心が募って彼女を傷つけてしまう。一方アイラは常にダニエルに守られる存在として、「戦場での特権」を享受しているかのように見える。アイラの内面がわかりにくいのは、彼女の複雑な心理が揺れ動いているからだろう。ことはそれほど簡単でも単純でもないし、愛憎はそれほど明快なものでもなかろう。

 残虐なセルビア軍のなかにダニエルのような「良心的」な軍人を配置することによって、この戦争の複雑さをアンジェリーナ・ジョリーは描いた。愛するアイラを救いたいと願う彼の気持ちは本物だろう。だから、本作ではダニエルの心理は比較的わかりやすいのだが、アイラの葛藤はわかりにくい。彼女の表情から推し量るしかないが、その点、この複雑な役をザーナ・マリアノヴィッチは見事に演じた。

 

 これはミュージアム映画でもある。戦火によって破壊された美術館が登場する。平和な時代の象徴としてある「美術館」。美術館の復興は平和と安寧の証でもある。いま、サラエボでは美術館はどうなっているのだろう。かの地は、いまだに和解は困難とも言われている。

 以下、ネタばれ



 教会爆破の場面で、ダニエルが間一髪のところを助かったのは偶然か? ダニエルが教会の外に出てくるタイミングを見計らってレイラが爆破したのではないのか? それがアイラの指示または懇願ではなかったろうか、そんな気がする。アイラはダニエルを憎みながらもやはり愛していたのではないだろうか。

IN THE LAND OF BLOOD AND HONEY      

127分、アメリカ、2011     

製作・監督・脚本: アンジェリーナ・ジョリー、音楽: ガブリエル・ヤレド     

出演: ザーナ・マリアノヴィッチ、ゴラン・コスティッチ、ラデ・シェルベッジア、ヴァネッサ・グロッジョ