吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ペコロスの母に会いに行く

 

f:id:ginyu:20140108001137j:plain

  梅田ガーデンシネマで「ブランカニエベス」は残念ながら爆睡してしまったが、続いてみたのはこれ、認知症の母と息子の物語。こちらは他人事と思えず画面に食い入るように見ていたので、まったく眠気を催さなかった。 

 認知症の母を介護するバツイチ男とその息子、というお話からして暗い内容を覚悟しがちだが、本作はユーモアにあふれた楽しい作品だ。貧困あり、酒乱の父あり、原爆被爆あり、身売りあり、失業あり、いろいろあって時には涙にくれるけれど、結局は暖かい気持ちになる、そんな作品。劇場内には笑い声と涙があふれていた。 

 認知症の人間の時間感覚は伸び縮みする。過去が現在と同居し、昨日が二十年前と同じ時に並ぶ。死んだ人が何度も訪れ、今をともに生きる。ペコロスという芸名でギター片手に下手な歌を地元の喫茶店などで歌っているお気楽者の主人公は、漫画でエッセイも描く多才な団塊世代のゆういち。父を十年前に亡くし、母が認知症を発症し始めた。物語の舞台が長崎なので、坂の多い町並みが画面に起伏を与えている。坂を昇る老人たち、坂を下る老母の姿に人生の疲れがにじんでいる。 

 映画の中にはオープニングを始めとして、何度もゆういちのエッセイ漫画が登場して、ほのぼのとした雰囲気をかもし出す。認知症の人間の様子を面白おかしく描いていてそれはそれで笑えるのだけれど、実際の介護にはもっとしんどいことがいくらでもあるから、介護のしんどさを直視していないという批判もありえるだろう。でも、認知症の介護をしんどさだけで描いてもなんの解決にもならない。笑ってすごしているほうがきっと介護者にとっても楽なのだ。 

 役者がみんな芸達者なのでそれだけでも十分堪能できる。特に竹中直人岩松了、温水洋一のハゲ・トリオがそのネタで笑わせる場面などはほんとうに吹いてしまいそう。でもそのハゲが愛しいのだ。認知症の母にとってははげている息子の、そのハゲが可愛い。ハゲが息子のアイデンティティ。ペコロスことゆうういちのおでこをパンパンと叩く(撫でる)母の手に触れて、ゆういちは「ハゲていてよかった」と思うのだ。 

 映画は現在と過去を往還し、母みつえの人生を写し取る。長崎の貧しい農家に生まれ、弟妹の世話に明け暮れ、友人は長崎へ嫁いだけれど被爆し戦後は赤線の女になった。母は幼いゆういちを背負って色街へ友人を捜しに行く。やっと見つけた彼女は目をそらして逃げてしまう。何通も書いていた手紙への返事も来なかった。そんな悲しい女の一生が、母の生涯とその友人の生涯を通して描かれる。日本の女一代記ともいえるストーリーがここに刻まれていることが作品に深みを与えた。 

 エンドクレジットとともに、原作者とその母が映る。本物の母子、本物の老人だ! うちの母に印象がとてもよく似ている。認知症の老人はみな似てくるのだろうか。個人的にツボにはまりまくったので、2013年の日本映画ベスト3入り。 

 113分、日本、2013

監督:森崎東、原作:岡野雄一、脚本:阿久根知昭、音楽:星勝、林有三 

出演:岩松了赤木春恵、原田貴和子加瀬亮竹中直人大和田健介原田知世、宇崎竜童、温水洋一、穂積隆信、渋谷天外、正司照枝、島かおり