さすがはダルデンヌ兄弟だ。カメラの動きが職人芸の域に達している。巻頭暫くは手持ちのカメラの画面が揺れて見にくいと感じたものの、少年の寂しさやいじけた心に寄り添う画にあっという間に引き込まれていく。
主人公の少年シリルは父親に捨てられ、施設に入れられたことを恨み、暴れ、どうしようもなく心がすさんでいる。施設を脱走したときに偶然知り合ったサマンサという美容院を経営する女性に助けられ、彼女に「里親になって」と懇願する。サマンサは恋人を捨ててまでシリルの里親になるのだが、なんでこんないじけた少年の里親になって、恋人よりもシリルを選ぶのか理解に苦しむ。サマンサの心理が理解できない観客は多いだろう。シリルに同情するのはわかるし、なんとかしてあげたいという気持ちもわかるが、里親の存在をないがしろにしたり好意を裏切るようなことばかりするシリルを見ていると、わたしならきっと途中でシリルを捨てるだろうな、と思う。
だがこのサマンサという女性は違う。彼女は決してシリルを見捨てない。これは実話を元にした映画といいながら、かなりサマンサの人物像を理想的に描いている。サマンサは実際にこういう人がいるかどうかはともかく、「決して諦めない」ことの象徴としてここには配されているのだろう。キリスト教の博愛や社会事業の伝統文化のあるところでは、こういう人物造形も日本人であるわたしが見ているよりはリアリティがあるのかもしれない。犯罪に走る少年には厳罰を処するのがいいのか、あくまでも愛して愛して愛しぬくのがいいのか、それは答がない問いだ。子育てには答がないのと同じで、ネグレクトされた子ども達の成長や矯正にも答がなかろう。わたしならシリルを愛せるか? という自問には答えに詰まる。だが、サマンサの行動に心洗われる思いがするのは、この先、きっとこの二人は喧嘩したり反抗を繰り返したりしながらも愛し合っていくのだろうという仄かな予感がするから。子どもは愛に包まれているべきだ。うん、きっとそうに違いない。
ダルデンヌ兄弟の作品はいつもギリギリの厳しい状況を描きながら、ほんの微かな希望を残す。その作風はこれまでよりも冷酷さがそがれて温かみが増しているようだが、底に流れる思想は相変わらずで、少年の心を丹念に写し取る繊細な描写がここでも見られる。2011年カンヌ映画祭で審査員特別グランプリ受賞。
LE GAMIN AU VELO
87分、ベルギー/フランス/イタリア、2011
製作・監督・脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ、製作総指揮:デルフィーヌ・トムソン
出演:セシル・ドゥ・フランス、トマス・ドレ、ジェレミー・レニエ、ファブリツィオ・ロンジョーネ、エゴン・ディ・マテオ、オリヴィエ・グルメ