吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

蜂蜜

これから暫くは年末にアップする時間がなかった作品を棚卸し。総ざらいして去年のベスト作品の感想を締めくくりたい。まずはユスフ三部作の最後の作品、「蜂蜜」。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作。

 深い森の木立に木漏れ陽が煌くオープニング、そのあまりの美しさにCGで描いたのではないかと思うほど。その後、最後までこの映画のあまりの映像の美しさと色の深さに胸を震わせながら鑑賞。

 CG疑惑が沸き起こるほどの巻頭の場面はどうやって撮ったのだろう。 

「卵」「ミルク」があまりにも退屈だったのでレンタルDVDをすぐ返却してしまったことを後悔。ユスフ三部作の1、2作が下敷きとなっていると思われる場面がいくつかあるので、やはり前作を見ていたほうが面白みが増したことだろう。第1作を見ている観客ならば、ユスフ少年が将来は成功した詩人になることを知っている。この三部作は時間を遡っていくため、最後の「蜂蜜」がユスフの子ども時代を描いている。


 「蜂蜜」でのユスフは6歳の、吃音のある少年。そのために教室では本をうまく読み上げられないが、ユスフの賢さを知っている教師は彼を目にかけようとする。

 ユスフの家は急坂に貼り付くように建っている養蜂兼業農家だ。彼の父は森へ蜂蜜を採集に行くことで生計を立てており、母は農作業と家事に勤しむ。ユスフ少年は父の手助けをしてよく働く。映画は淡々とユスフ一家の毎日の営みを描く。そこでは父子が自然に力を合わせて労働に精出す姿が描かれ、とても好ましい。児童労働禁止云々という言辞が無意味に思えるような勤労少年の姿だ。子どもはこのように親の手伝いをして大きくなるのだ。だからこそユスフは、父が蜂蜜を取りに行ったきり帰ってこないと、家を守る責任が自分にかかってくるのでは、とその責任を密かに引き受けるようになる。

 いや、そんなことは映画では一言も語られない。台詞はほとんどなく、ユスフの内面はなにも描かれない。にも関わらず、ユスフの不安や嫉妬や心配や憧れや責任感が画面からあふれ出て、手に取るように感じられ、痛々しいほどだ。よく学びよく働く少年は、さらによく母を支え、飲めないミルクも我慢して飲むようになり、一歩ずつ確実に成長していく。教室でのユスフ少年の孤独、自尊心、恥じらい、父と共に働く歓び、そのいずれもが言葉ではなく映像を通して直に観客に伝わってくる。


 少年の大きな瞳が不安にかられて潤んでゆく緊張感と喜びに輝く躍動感のどちらもが静かに静かに描かれていく、心が洗われるような秀作。映像の美しさにはただ嘆息。


 けなげで愛らしく、懸命に家を支えようと努力する賢く優しい少年の物語に弱い人には特にお奨め。(レンタルDVD)

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BAL
103分、トルコ/ドイツ、2010
監督・脚本: セミフ・カプランオール、共同脚本:オルチュン・コクサル
出演: ボラ・アルタシュ、エルダル・ベシクチオール、トゥリン・オゼン