吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ザ・ファイター

 これまた素直な映画。ストーリーにひねりがないのは実話ベースだからしょうがないか。その分、みどころは役者の演技である。アカデミー賞助演賞をダブル受賞の二人の役者の演技が楽しみで見たのだが、これはもう期待通り。特にクリスチャン・ベイルバットマン役のときの貴公子とはまったく別人。よくぞここまで変われるものだと感動を通り越して恐ろしくなった。彼は「マシニスト」に主演したときに30キロの過酷な減量を成し遂げたし、その役者魂には感服する。


 ドラッグに溺れてつまらない犯罪を繰り返す兄ミッキーと、兄に手ほどきされたボクシングでトップを目指す弟ディッキーの物語。兄弟の一家はアイルランド系の特徴である子沢山で、なんと9人きょうだい。しかも7人が女。9人の子どもを生み育てた母親アリスが恐るべきステージママで、ディッキーのマネージャーとして息子を支配しようとする。ディッキーは兄ミッキーをセコンド役・トレーナー役として試合に臨むが、体格差の大きな相手と無理に対戦させられて大怪我をするなど、兄や母に振り回されている。この一家はみな個性が強くて、ディッキーだけが気弱に見える。おまけにディッキーの恋人シャーリーンも気が強い女性で、ディッキーの母や兄ミッキーと対立する。シャーリーンを演じたエイミー・アダムスも好演し、ディズニー映画でお姫様役を演じていたとは思えない、下町の崩れた気丈な女の雰囲気がよく出ている。

 兄たちとの葛藤や対立を経て、やがて家族の絆を深めてクライマックスのタイトルマッチ戦へとなだれ込む。なんだかあれよあれよという間に話が進んで、ディッキーの薬物中毒の克服もすんなりと成功したように見えるし、登場人物にも観客にも立ち止まっていろいろ考えてみる、という時間を与えられないままにクライマックスを迎えてしまう。タイトルマッチ戦はもちろん大変迫力があり、手に汗握る展開なのだが、「ああ、やっぱりわたしは殴りあいのスポーツが好きではなかったのだ」と気づいてしまった。


 この映画に登場する人々が抱える葛藤や傲慢や無教養や単純さ、には多くの人々が抱える苦悩や過去の栄光にすがりつく惨めさなど、人間の普遍的な負の側面がストレートに現れていて、純文学的な要素を秘めている。だが、映画はカラッと明るく、登場人物たちは真剣に悩んだりしない。その辺りが物足りなさの要因か。

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THE FIGHTER
116分、アメリカ、2010
監督: デヴィッド・O・ラッセル、製作: デヴィッド・ホバーマンほか、脚本: スコット・シルヴァー、ポール・タマシー、エリック・ジョンソン、音楽: マイケル・ブルック
出演: マーク・ウォールバーグクリスチャン・ベイルエイミー・アダムスメリッサ・レオ、ジャック・マクギー