吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

アンストッパブル

 これも「働く」ことの意味を問う映画のひとつ。デンゼル・ワシントンが運転士役で登場して列車事故の危機を救う。とくれば、彼が「サブウェイ123 激突」で地下鉄司令室の運行係役をしていたことを思い出す。あの映画も同じくデンゼルとトニー・ストッコ監督の組み合わせだった。どうりで雰囲気が似ていると思ったわ。


仕事の現場では、少しの気の緩みや職務規律逸脱が大きなミスを誘い、ミスはミスを呼んで大事故へとつながる。そのことはこれまでいくらでも実例があるだろうに、産業災害はなくならない。その背景には、効率を優先する経営姿勢への労働者の不平不満や疲弊といった日常の鬱屈が隠れていることが多い。ミスを呼ぶのは労働者の怠慢であり、同時にそのミスをカバーするのも労働者の技能である、と本作は教える。


 この映画が「働く現場」を映し出したもの、という意味はもう一つあって、ベテランと新人の技能伝達――OJT(on the job training)職場での教育訓練――を描いていることが挙げられる。巻頭、ベテラン鉄道員たちがぼやく場面がある。「会社は金のかかるベテランの首を切って賃金の安い若者を雇う」と。ここにも日本とはまた違った世代間確執が存在する。日本では昨今、若年層の失業率の高さが問題になっているが、この映画で見る限りはこの鉄道会社の現場では首を切られるのはベテランで、安い若年層が新たに雇われている(日本でも実はベテランは賃上げ抑制またはリストラ対象であることが多い)。しかも、新人はコネ入社が囁かれているのである。
 コネ入社を噂されているのは新米車掌のウィル(クリス・パイン)である。ウィルはベテラン運転士のフランク(デンゼル・ワシントン)と組んでOJTに励んで貨物列車を操作しているのだが、この二人は最初から相性が悪くて列車内の雰囲気はよくない。実はフランクはあと数日で退職の期日が迫っている。リストラに遭ったわけだ。


 こういった伏線がいくつかあって、些細なミスで列車事故が起きる。ある運転士が運転席から降りた隙に貨物列車が蛇行運転を始めてしまったのである。その列車は800メートルもの長さを持ち、しかも毒性の強い可燃性の液体とディーゼル燃料を積んでいる。始めはゆっくりとした蛇行運転だったのだが、すぐに止められると思った運転士が運転席に飛び乗るのに失敗すると、たちまち重量列車は力行(りきこう)運転を始めて、時速100キロを超えてしまう。無人の列車が暴走する先には市街地がある。その市街地には「大曲り」と呼ばれる急カーブがあって、暴走列車はカーブを曲がりきれずに脱線するであろう、ミサイル級の破壊力を持つ可燃物と共に。絶対絶命のピンチを救うのはウィルとフランクのコンビだ。さあ、彼らの運命やいかに!

 そして、事故に直面して列車司令室のオペレーターたちも直ちに手を打とうとする。ここで、ベテラン運転士のフランクと、冷静沈着な操車場長コニー(ロザリオ・ドーソン)と、新米ウィルのチームワークが始動する。現場を知っている者だけが自信を持って発することのできる揺ぎ無き指令と行動には胸がすく思いだ。会社の上層部が事故の報を受けて、住民の生命安全の心配よりも「株価はどうなった?」と尋ねる場面が観客の失笑を買う。


 油断と怠慢が取り返しのつかないミスを呼び、そのミスがパニックを生む。絶体絶命の危機に直面した男たちが命を賭して危機を救う。まさにパニック映画の王道を見事に行く、はらはらドキドキの素晴らしい演出が冴え渡る。トニー・スコットらしいぐるぐるカメラや小刻みショット、ローアングルのカメラが緊張感と躍動感を高める。この映画の主役はなんといってもこの暴走列車である。すさまじい破壊力で威風堂々と暴走している姿は圧巻だ。

 
 人はなんのために働くのだろう? 危機に直面したときに、なぜ自らを犠牲にできるのだろう? もちろんそこには家族を救いたいという思いがあるのだろうが、それだけではない。映画では巻頭しばらく、やる気のなさそうな労働者たちの姿が映る。職場の規律も緩みがちで、列車運行中に私的な携帯電話をしたり、家庭内のいざこざに気もそぞろになる彼らの姿が浮かび上がるが、ひとたび危機に直面するや、彼らはチームワークを発揮してことに当たる。この共同の力が見事だ。労働者はこれでなくてはいけない。

 この映画の元になった鉄道事故は2001年に起きたという。ほぼ本作の大筋通りに話が展開したのだが、映画ではそこにさらに主人公たちに「家庭に問題があって云々」というドラマ仕立てを付加した。しかしこのドラマがあまりに中途半端で、別になくてもよかったんじゃないのと思わせる。


 さらにもう一つ難を言えば、最後があっさりしすぎていて物足りない。社会見学の子どもたちももっとうまくパニックにからませられないか。もう一山か二山、山場を作ってほしかった。ただしそうなると上映時間は2時間を超えるし、90分ぐらいならこれが限界だったか。まあ、映画ファンというのは贅沢でないものねだりをしたがるものなので、途中があんまり面白くて手に汗握ったものだから、ついつい「もっとぉ」とおねだりしたくなる。


 休日に息抜きのアクション映画を楽しむという向きにはぴったり。鉄道マニア大喜びの場面満載でいいのではないでしょうか。スタントン市の「大曲り」なんて、鉄道マニアでなくてもその絶景ぶりにほれぼれする。よくぞこんなロケ地を見つけたものだ。迫力の列車驀進シーンにCGを使っていないと知ってさらに感激。

UNSTOPPABLE
99分、アメリカ、2010
製作・監督: トニー・スコット、製作: ジュリー・ヨーンほか、脚本: マーク・ボンバック、撮影: ベン・セレシン、音楽: ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演: デンゼル・ワシントンクリス・パインロザリオ・ドーソン、イーサン・サプリー、ケヴィン・ダン