吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

まなざしの長さをはかって

 片田舎に美しい代理教師マーラがやってきた。たちまち、彼女の存在は田舎の男たちの間に波紋を呼ぶ。マーラに惹かれる男たちはなんとか彼女に近づこうとして…。
 ジャーナリストの卵ジョバンニ、、チュニジア人移民の自動車工ハッサン、バスの運転手、タバコ屋アモス、彼らはマーラに惹かれ、それぞれがマーラとの距離を縮めようとするが、やがて殺人事件が起きる。


 若いジャーナリストのジョバンニ、彼の存在がこの映画のキー。ベテラン記者にアドバイスされる言葉は、「対象との距離を測れ。遠すぎると情念<パトス>をなくし、近すぎるとよくない」。彼がマーラのメールを盗み読むことによって彼女の内面を知っていくことになるが、そのメールとて、どこまで真実を親友に語っていたのか、よくわからない。マーラというのは何を考えているのか、台詞からはあまりよく見えてこない存在だ。というのも、彼女は「見られる」存在であって、物語のなかで自立したキャラとして動いていないから。



 1回目は集中力に欠く見方をしたので再見。二回見ると、ハッサンの慎ましさや忍耐、犠牲心、賢さ、といった長所がくっきりと浮かび上がる。それに比べてマーラのほうがよっぽど思慮浅い女に思える。彼女が謎めいているので、後半の<いきなりミステリー>という展開がいっそうサスペンスフルになる。

 

 この映画は男が作ったのだろうな、と思わせる。脚本家はひょっとすると女かもしれないが、「女は謎である」というメッセージを発している。だから、謎の中心にいるマーラの無邪気な挑発は男たちを悩ませる、という設定がよく生きている。ある日突然田舎にやってきた美女一人。住民達の視線は釘付け。これはトルナトーレ監督の「マレーナ」と同じ。といっても、モニカ・ベルッチに比べるとヴァレンティーナ・ロドヴィーニはかなり見劣りするが。



 映画全体ではバランスの悪い、完成度の低い作品なのに、印象に残るのは不思議だ。風景が美しく、移民ハッサンのやるせなさが切なく、悲劇的な展開が後を引く。真実を見つめていた少年(青年)は、語り部たるその位置から一歩踏み出して、事件の真相を追う。見ているだけの第三者ではなく、時には事件の中で主体的な動きを見せる。少年の成長物語という側面もあるのだが、それにしてはその代償が高すぎないだろうか。二度見るとしみじみ切なく哀しい映画。最後まで残る謎(犬の連続殺害犯人は誰?)もまた不気味。(劇場未公開、レンタルDVD)

                                  • -

La giusta distanza
108分、イタリア、2007
監督: カルロ・マッツァクラティ、製作: ドメニコ・プロカッチ、脚本: ドリアーナ・レオンデフ、
クラウディオ・ピエルサンティ、カルロ・マッツァクラティ、マルコ・パテネッロ
出演: ジョヴァンニ・カポヴィッラ、ヴァレンティーナ・ロドヴィーニ、アメッド・へフィアン、ジュゼッペ・バッティストン