吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

十三人の刺客

 うちの息子たち+両親の5人で鑑賞。この5人で映画を見に行ったの初めてかも? ひょっとして最後かもしれない。

 そんな、記念すべき映画なのに、母(78歳)が「こんな残酷な映画はイヤ!」とだだをこねたので困ってしまった。隣席の父(78歳)に「こんなん見たくない」攻撃をかけ続けていたようだが、諦めて下を向いたり眠ったり。まったく母のチケット代1000円は無駄であった。うちの息子たちも父も喜んでみていたのに。でも殺陣はやっぱり「必死剣」のほうがよかったという評価で一致した。まあ、この映画は「スリーハンドレッド」みたいなもんで、リアリティなんてないのだから、気楽に見ればよい。



 本作は傑作との呼び声も高い1963年工藤栄一監督作のリメイク。オリジナルがあったとは、映画を見終わるまで知らなかった。日本映画の時代劇の伝統がすたれて久しく、絶滅寸前まで行っていたのだが、ここのところ勢いを盛り返している。オリジナルとの比較云々をするよりも、この作品はこれとして楽しむほうが得策かと。

 して、ストーリーをかいつまんで説明すると、時代は明治維新の20数年前、将軍徳川家慶の腹違いの弟であり明石藩松平家の養子となった斉韶のあまりの残虐非道な振る舞いに、老中土井が配下に暗殺指令を出し、13人の刺客が組織されて、参勤交代道中の斉韶を暗殺する、というもの。



 巻頭、この明石藩主斉韶のあまりの極悪ぶりをこれでもかと描くものだから、うちの母はすっかり怖気づいてしまったのである。他藩の藩士の新妻を手篭めにするわ、その夫を惨殺するわ、自分を諌めて自刃した家老の妻子を弓矢でなぶり殺しにするわ、百姓一揆のリーダー一家を皆殺しにし生き残った娘の両手両足を切断して慰み者にし、さらには飽きたら道端に捨てるという、こうやって書いていてもその場面が目に浮かぶと虫唾が走る鬼畜の殿様が、あろうことか、来年は老中になるという。この残虐な殿様を稲垣吾郎があの坊ちゃん顔で演じるものだから、余計に不気味。しかもこの明石藩主のニヒリストぶりたるや、多少のことでは動じないすごさである。ニーチェもびっくりか。すでに徳川幕府の末路を予見して未来の希望もなく生きていたのであろう、太平の世に退屈しきっていた斉韶の姿は、「平和ボケ」と呼ばれて久しい現代日本の若者の姿を見るようだ。刺激を求めて殺戮を繰り返す暴君の姿は、排外主義にまみれてネット上で悪態をつきまくる醜悪なプチナショナリストたちの姿と重なる。



 さて、老中から明石藩主暗殺の命を受けた旗本御目付け島田新左衛門(役所広司 )は、仲間となる刺客を集めていく。この過程がわりとすっ飛ばされてしまって、13人のうち、キャラが立っているのは6人だけだ。まあこれは上映時間の関係上やむをえないか。「オーシャンズ13」でも13人全員のキャラをいちいち説明することは不可能だったし。しかし、刺客側のキャラをそれほど熱心に説明しなくても、暗殺相手の殿様の非道振りがこれでもかとばかりに描かれているから、見ているほうの観客のテンションは上がっている。そうだ、あんなやつ、殺してしまえ、殺すのが天下のご正道である、とばかりに。

 武士道とは理不尽なもので、こんな非道な殿様なのに、封建時代にはいったん仕えた殿には最後まで忠義を尽くす家臣たちがいるのである。どんな悪人でも殿は殿。命を懸けて守り抜くのが武士の務めである。あー、あほらし。この暴君、こんなに暴力男なのは成育歴に問題があるのではなかろうか、幼児期のトラウマが原因では? とか思わず勘ぐってしまった。

 本作で話題になったのは、落合の宿場ごと買収し要塞へと作り変えて、明石藩士たちを陥れる刺客たちの作戦と、そのクライマックスのアクションシーン。なんと50分もあるのだ。しかも、13人に対して敵は300人。どうやって倒すのよ? ふつう無理でしょ? ありえないでしょ? でも、これは映画ですからね。

 この50分のアクションシーンが圧巻であると同時にやはりどうしても大味になってしまうのと、緻密な計画の面白さがいまいち観客に伝わってこないところが残念。やたら派手だし、火薬もたくさん使うし、仕掛けは大仰なのだが、いったいどこにどう知恵を絞ったのか、もう少し知的策略に面白さをみせてくれればよかったのに、と思う。


 最後の最後に明石藩主松平斉韶を追い詰めるシーンが最高潮なのだが、ここで斉韶が戦いの虚しさを感じさせる台詞を吐く。斉韶自身はちっとも虚しいと思っていないところがかえって無常感に満ちている。13人の刺客も無駄死にだが、300人の明石藩士も気の毒この上ない。たった一人の悪人藩主のためになんで貴重な命を落とすのか? しかもこの男、絶対に反省などしそうにない。結局のところ、戦いは虚しく、大義というのは無意味なものなのだ。この虚無感がよかった。


 ところで、三池監督が好きなタランティーノ監督が大好きなY太郎は、大学の先生から、「きみは若いころの三池崇史に似てるなぁ」と言われたとかで、学校では「三池」と呼ばれているとまんざらでもなさそうに報告してくれた。

 この映画を嫌ったのはわたしの母だけではなく、父の隣の中年カップルも途中で席を立ったまま戻って来なかった。大量に食べ残したポップコーンのバケツが二つ、彼らの不満を物語るように後に残されていたのであった。

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141分、日本、2010
監督: 三池崇史、製作: 上松道夫ほか、原作: 池宮彰一郎、脚本: 天願大介、音楽: 遠藤浩二
出演: 役所広司山田孝之、伊勢谷友介、沢村一樹伊原剛志、松方弘樹、吹石一恵平幹二朗松本幸四郎稲垣吾郎市村正親