吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

プレシャス

 人種差別、貧困、家庭内暴力、性的虐待、近親相姦、エイズ、障害児、……こんなに暗い話を、この歳になって見るのは辛すぎる。若いころはけっこう暗い映画が好きだったが、歳を取ると、暗さの中になにか救いがあるような映画でないといやになる。今の自分の状況が暗くて未来がないから、映画の中でまでそんな現実を反映したような暗い話を見たくないからかもしれない。せめて虚構の世界の中では「物語」がほしい。それが救いになるのだ。見終わったときにまず思ったのはそういうこと。



 プレシャスという少女は16歳なのに二度目の妊娠が発覚して学校を退学させられてしまう。最初の子も今度の子どもも、その父親はプレシャスの父親である。そう、プレシャスは父親からレイプされて二度も妊娠したのである。丸々と太った体躯に、勉強もほとんどできないようなプレシャスに果たして未来はあるのか? なにか辛いことがあると、プレシャスはそのたびに空想の世界に逃げ込む。空想の中では彼女は華やかなスター生活を満喫している。いつでも脚光を浴び絶賛の賛辞のなか、光溢れる美しいプレシャスなのだ。

 しかし現実はまったく違う。プレシャスは学校をドロップアウトした生徒ばかりが集まる「代替学校」に入学することになった。彼女はそこで教育熱心な美しい黒人教師レイン先生に出会い、変わっていく。



 しかしまあ、こんなに不幸なプレシャスに、何か幸せな明日が来ないかと期待して待っている観客に、とどめの一発。これはないでしょう。ストーリーの暗さも、意外性のなさも(あ、あるか)、演出が淡々と凡庸(ファンタジーシーンもあるけど)なのもわたしにとっては減点要素だが、鬼母を演じたモニークの憎々しい演技には注目。アカデミー賞を受賞したのも首肯できる熱演だ。しかも鬼の目にも涙が溢れる場面では、思わずもらい泣きしそうになった。



 貧しい黒人家庭の怠惰な女性がどうしたら自立できるのか? 構造的な問題にこの映画は踏み込まないが、彼女たちの暗い未来を明るくする方法はやっぱり<教育>という啓蒙しかないのかな、と思う。

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PRECIOUS: BASED ON THE NOVEL PUSH BY SAPPHIRE
109分,アメリカ,2009
監督: リー・ダニエルズ,製作: リー・ダニエルズ,原作: サファイア『プッシュ』,脚本: ジェフリー・フレッチャー,音楽: マリオ・グリゴロフ
出演: ガボレイ・シディベ,モニーク,ポーラ・パットン,マライア・キャリー