吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

風の痛み

 巻頭数分で「ああ、これは原作小説のある映画だな」と気づいた。それほど詩的で知的な雰囲気に満ちた作品。夢の中の場面が何度も登場するその処理がとても品良く、ファンタジー色に彩られているとはいえ現実から遊離した感じがしない。スイスの暗い空のもとに小さな山間の集落が映る。小さな家、曲がりくねった道、雪に閉ざされた坂道、どれも陰鬱で悲劇的な色合いが濃い。

 
 男はまだ子どものとき、東の国から逃げてきた。どこが彼の母国なのか最後まで明らかにされないが、彼は「リーヌ」と名付けた理想の女性を追い求めて女性遍歴を繰り返す。物語がどこへ向かっているのかさっぱり読めないまま映画は進む。ようやく40分が過ぎたところで運命の女「リーヌ」が登場した。彼女は乳飲み子を抱いた、どこか冴えない暗い表情をした若い女だった。


 過去の傷、出生の秘密、秘めた恋、禁じられた恋。悲劇の種はそろっている。男はどこまでもリーヌを追い求め、苦しみ悶える。他の女との情事で一時的に欲望を満たしても、リーヌへの愛の妄想にかき立てられて、苦しみは増すばかり。人妻でありなおかつ異母妹である女への狂おしい愛は成就するはずもない。

 
 胸を引き裂くような悲しく苦しい音楽、寒村の町並み、決して笑わない男の表情、どれをとっても胸を締め付けられるような思いに駆られる、抑制された情緒を魂の奥底から引き出すかのような作風にぞくぞくした。だがいかんせん、ラストでがっかり。イタリアの明るい海辺で終わってはいけない! この悲劇がそのような形で終わっていいのだろうか? それとも、本当の悲劇はこれからなのか…?


 見終わって調べたら原作は『悪童日記』の作者だった。数年前、読みたい読みたいと思って図書館にリクエストしたのに読めなかった。今度こそ読んでみたい。(レンタルDVD)

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BRUCIO NEL VENTO
118分,イタリア/スイス、2001
監督・脚本: シルヴィオ・ソルディーニ、製作: リオネッロ・チェッリ、ルイジ・ムジーニ、原作: アゴタ・クリストフ『昨日』、脚本:ドリアーナ・レオンデフ、撮影: ルカ・ビガッツィ、音楽: ジョヴァンニ・ヴェノスタ
出演: イヴァン・フラネク、バルバラ・ルクソヴァ、カロリーヌ・バエル、シトラド・ゲーツ