吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

 大河物語にありがちなたるみや飛躍があるのが気になるが、逆にいえば大河らしいスケールを見せる作品。原作がプロレタリア作家アプトン・シンクレアの「石油」(1927年)だけあって、石油資本の強欲とキリスト教原理主義の狂信を冷めた目で批判する。石油資本と教会が互いを憎みながら手を握る有様はまるで今のアメリカと同じ、と皮肉る作品である。

 主人公ダニエル・プレインビュー(ダニエル・デイ=ルイス)は一匹狼的な働き方で金を採掘し油田を掘り当てる山師だ。20世紀初頭、彼は幼い息子を連れ歩き、石油がわき出る土地を買い占めるための道具として使う。実の息子ではなく孤児になった赤ん坊を育てているのだが、子どもを連れていることで土地の持ち主たち(=農民)を信用させて口八丁でうまく丸め込むのがプレインビューのやり方だ。

 彼は石油のためなら、金儲けのためならなんでもやる強欲な男だが、決してそれだけの人間ではない。孤児を引き取って育てるだけの優しさも持っているし、たとえ道具として使っていても、やはり息子を愛している。神を信じることのない男だが、石油のためならどんな信者にだってなる。プレインビューの「敵」であり、ある意味「鏡」のような存在が「第三啓示会」という教会の若き牧師イーライ(ポール・ダノ)だ。この二人の確執が徐々に物語の本流となる。石油による支配と神による支配。どちらも地域共同体の中で権力を握り影響力を伸ばすことを目論む。

 ふつう、観客は主人公に感情移入しがちだが、この映画ではこのダニエルという男が単なる強欲だけではなく複雑な一面を見せるため、見ているこちらもその心理に翻弄される。思わずダニエルと同化して、金儲けができることにほくそえんだり、息子の事故に心を痛めたり、怪しげな異母弟の登場を訝しんだり、とその都度主人公に感化されていく。それはつまりダニエル・デイ=ルイスの演技がそこまで観客をつかんでしまう迫力があるということだ。

 20世紀初頭の油井の様子など、歴史愛好家には興味深いセットがいろいろ見られるのも楽しい。大河物語らしいゆったりとした尺を持ったスケールの大きな作品なのに、惜しいことに最後になって急に話がぶっとび出す。成功を収めたダニエル・プレインビューが大邸宅で荒んだ生活をしている様子や、息子との確執についてはわたしはよく理解できなかった。そこに久しぶりに現れた牧師イーライと「最後の闘争」を展開するに至るプレインビューの心理もいまいちつかみにくい。そもそもこのイーライという牧師が本物のカリスマだと自分でも信じているのかどうかよくわからない。狂信的なカリスマにしては迫力に欠ける牧師であり、なんで最後になってああいう態度にでるのか解せなかった。

 なぜ物語はこのように終わるのか? 石油資本とキリスト教原理主義のどす黒い結託がやがて破滅を導くというこの結末に、もっと説得力を持たせるべきではなかったか? とりわけ息子との確執が話をはしょりすぎてわかりにくい。愛していたはずの息子との決別がピレインビューを破壊へと導くきっかけだったのだろうか、それにしては唐突な感じを否めない。

 すさまじい個性を発揮する主人公に同化しながらも結局は彼を突き放して見なければならないという観客の立場は微妙だ。なにしろ主人公を好きになれないのだから。自分一人の力で大石油資本に立ち向かう男の生き様には心の底で快哉を叫びながら、一方でその強欲やその奸計やその残忍さに嫌悪を感じる。見終わった後、「いい映画を見た」という感慨に浸ることはできないような作品。「ノーカントリー」といい、今年は力のある作品が目白押しだが、いずれも後味が悪いというか、今のわたしには重くてしんどい話は肌に合わない。(PG-12)


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ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
THERE WILL BE BLOOD
アメリカ、2007年、上映時間 158分
監督・脚本: ポール・トーマス・アンダーソン、製作: ジョアン・セラーほか、製作総指揮: スコット・ルーディンほか、原作: アプトン・シンクレア、音楽: ジョニー・グリーンウッド
出演: ダニエル・デイ=ルイスポール・ダノ、ケヴィン・J・オコナー、キアラン・ハインズ、ディロン・フレイジャー