吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ウォーク・ザ・ライン 君につづく道

 最近、歌手の伝記映画が続いている。「Ray」と「ビヨンド the シー」はいずれもよい出来だった。今度はカントリー歌手ジョニー・キャッシュと二番目の妻ジューン・カーターの物語。

 わたしはジョニー・キャッシュにはほとんど馴染みがなく、それよりも画面にエルビス・プレスリーが登場すると(もちろん本物ではありません、タイラー・ヒルトンが演じた)そのほうが嬉しくて、「エルビスはもっと出てこないかなぁ」と心待ちにするという偏った映画の見方をした。

 わたしは音楽にも歴史的・人脈的な興味を持っているので、ミュージシャンたちがどのような人的交流を織り成していたか、互いにどのように影響を及ぼしあっていたのかを描いてくれるように作品に期待してしまう。この映画に関しては、そのあたりは可もなく不可もなくといったところか。というのは、それなりに同時代の音楽家たちとの交流は描かれているけれど、説明的な台詞やスーパーがないので、わからない人には全然わからないからだ。

 事前知識のない人には不親切なのだが、エルビスのファンなら、デビュー前のキャッシュがメンフィスのスタジオで自分のレコードを吹き込もうとしたエピソードなどは興味深い。エルビス・プレスリーのデビューがまさにそうであったからだ。母親の誕生日プレゼントのために自分の歌を1曲4ドル払って吹き込みレコードを作ったのがエルビスの歌手デビューのきっかけだった。エルビスの並々ならぬ才能を見抜いたスタジオの経営者が、後日、エルビスに新たにレコードを吹き込ませ地元のラジオ局に持ち込み、オンエアさせたことが後の大スターを生んだ。

 エルビスがメンフィス・レコーディング・サービス(現在のサン・スタジオ)で最初にレコーディングしたのが1953年、ジョニー・キャッシュがそのスタジオに自分を売り込んだのが1954年。映画の中ではエルビスとジョニーのエピソードが交錯するのだが、これは音楽史を知っている人以外、あるいはエルビスのファン以外は気づかないだろう。後、エルビスとジョニーはともにツアーに出る仲間どうしとなる。

 映画に描かれているジョニー・キャッシュの人物像は、少年時代の兄の事故死が大きな影を落としている。まだ歳若い身で家計を助けるために懸命に働く少年工だった兄は、ドリルカッターに巻き込まれて死んでしまう。「神は良い子のほうを連れて行ってしまった!」と嘆き悲しむ父の姿は、兄の死に責任を感じていたジョニーに大きな傷を残すことになる。
 朝鮮戦争に出征したジョニーは除隊後、初恋のヴィヴィアンと結婚し、娘も生まれるが、念願の歌手デビューを果たしたジョニーとの仲は徐々に亀裂が入っていく。一方で、子どもの頃からのファンだったカントリー歌手ジューン・カーターと同じツアーを組むことになり、心躍るジョニー。二人はいつしか愛し合うようになり、それがまたジョニー夫婦の溝をいっそう深める。この映画はジューン・カーターとジョニー・キャッシュの「純愛」を謳っているので、どうしても最初の妻ヴィヴィアンは旗色が悪い。こういう伝記は作るのが難しいとつくづく思う。ヴィヴィアンの側だって言い分はあろうに。

 ツアーが続いて疲れが出たのか単なる好奇心なのか、とにかくエルビスを通じて麻薬を手に入れたジョニーはやがて中毒となり、ついには逮捕される。ヴィヴィアンとも別れ、失意のうちにあったジョニーは数年後、奇跡のカムバックを遂げる。麻薬中毒でよれよれになったジョニーの姿には哀れが漂うが、ジューンが決してその彼を甘やかさなかったところがまたすごい。晴れて独り身となったジョニーなのに、ジューンは彼の求婚を受け入れないのだ。

 とうとうジューンがジョニーのプロポーズに「イエス」という場面は感動的だ。これは映画用に作られた話かと思ったが、実話だそうで、驚いてしまう。この場面はぜひ映画で実際にご覧ください。

 「Ray」や「ビヨンド the シー」に比べると躍動感や構成の巧みさは感じないけれど、それなりに面白い映画だった。苦労の時期や挫折を乗り越えていく成功物語というのは魅力に富んでいる。特に、全編自分の声で歌ったホアキン・フェニックスリース・ウィザースプーンはよく頑張った。ホアキンの歌はたいしたことがないが、リースはなかなか上手い(あ、ちなみにプロの歌には点数が辛いです。ホアキンに関してはあの程度で「うまい」とは言わない)。

 ところで、ジョニー・キャッシュの父を演じたのは「ターミネーター2」のソフトメタル役の怖いお兄ちゃんだったのにはびっくり! 太ったので別人かと思ったわ。(レンタルDVD)

Walk the Line
制作年 : 2005
上映時間:136分
制作国:アメリカ合衆国
監督: ジェームズ・マンゴールド
製作総指揮: ジョン・カーター・キャッシュ
脚本: ギル・デニス
    ジェームズ・マンゴールド
音楽: T=ボーン・バーネット
出演: ホアキン・フェニックス
    リース・ウィザースプーン
    ジニファー・グッドウィン
    ロバート・パトリック
    ダラス・ロバーツ
    シェルビー・リン
    ダン・ジョン・ミラー
    ラリー・バグビー
    タイラー・ヒルトン
    ウェイロン・マロイ・ペイン