吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

戦場のアリア

 1914年、第一次世界大戦が始まって4ヶ月を過ぎたフランス北部の前線で、仏・独・スコットランド軍が塹壕戦を繰り広げていた。苛烈な戦いの日々に倦んだ兵士たちにクリスマスがやってきた。これは、期せずして実現したクリスマス休戦の実話に基づいた美しい物語。

 各国の塹壕はほんの100メートルほどの距離をおいているだけ。兵士たちは互いの顔が見える距離で塹壕に篭っていて、いざ戦闘が始まれば塹壕から飛び出して白兵戦になるのだ。悲惨極まりないその戦いは名作「西部戦線異状なし」にも描かれた。

 ドイツ軍の塹壕に60センチほどのクリスマスツリーが何本も届いたことが一つのきっかけだった。イブの晩、スコットランド塹壕にはバグパイプがあり、ドイツ軍の兵士の中には有名なテノール歌手がいて、さらにはその歌手の妻であるソプラノ歌手が訪問してドイツ軍の慰安にあたることになっていた。
 スコットランド兵がバグパイプで民謡を演奏し歌えば、ドイツのテノール歌手が賛美歌を歌いだし、それに合わせてスコットランド兵が伴奏を始める。さらに大胆にもドイツのテノール歌手はクリスマスツリーを高々と掲げて塹壕を出、ノーマンズ・ランド(中立地帯)へと歩みだした。後はなだれを打ったように各国の兵士たちがワインを捧げ、喊声とともに塹壕を飛び出してきた。最初はおそるおそる。やがて怒涛のように。

 3カ国の将校たちが歩み寄って「クリスマスだし、今夜は停戦しよう」と話し合い、フランス軍中尉のシャンペンで乾杯した。彼らはいずれもまだ若く、故国に残してきた妻のことが気にかかる。「世間話」をするうちに、彼らの間に意外な共通点が見つかったり、心温まる逸話があったりして、一挙に心が打ち解けあうのだ。なんという美しい場面だろう。

 3カ国の兵士たちは心を通わせ、サッカーやトランプに興じ、大いに飲み愉快に過ごす。ここは戦場なのに、そんなことは誰もが忘れている。そんな光景を見ながわたしは、「ああ、いいなぁ。このままずっといつまでも休戦してなさい」とスクリーンに向かってつぶやいていた。しかし、実際にはその後戦争は3年も続いたのだ。なんということだろう。

 これがハリウッド映画だと登場人物全員が英語をしゃべるというとんでもない事態になるのだろうけれど、ヨーロッパ映画は良い、人物はちゃんとそれぞれの言語をしゃべるし、ドイツ人が英語やフランス語をしゃべったりフランス人が英語をしゃべったりして、その訛り方がまた微笑ましい。そして神父のミサは宗派を超えてラテン語で行われる。ヨーロッパにはキリスト教という共通の文化があり、ラテン語という共通語がある(といっても教会内でしか使わない簡単なもの)ということが救いになるのだ、と思う。それでも実際はずっと戦争をしてきたのだから、結局のところ宗教は救いにならないという証左か。

 それに、キリスト教徒同士だからこういう話も成り立つが、異教徒間ではこうはいかないだろう。ドイツ軍の将校は「わたしはユダヤ人なのでクリスマスは意味ないが、感動した」と述べていたのが印象深い。ユダヤ教キリスト教には共通点も多いし、歩み寄ることが容易なのだろうと思える。そもそもユダヤ人は長い間ヨーロッパで生きてきたわけだし。もしこういう事態がイスラム教徒との間で起これば本当に素晴らしいと思えるのだが……。

 ドイツ軍将校がユダヤ人か、では彼は20年後にはナチスに迫害される身になるのか、と思うとたとえこの戦争を生き残っても彼の将来は暗い、と暗澹たる気持ちになる。そういえば、『アンネの日記』のアンネ・フランクの父は確か、ドイツ軍の軍人だったことがあり、そのおかげで収容所で生き延びることができたらしい。

 戦場のミサではスコットランドの神父がラテン語で兵士に神の愛を語りかけたというのに、スコットランドの司教は英語のミサで英国兵に「ドイツ人を殲滅せよ」と説教する。なんということだろう、隣人を愛せよと神はのたまわったのではないのか? この場面に見られるように、この映画には宗教や国家への批判が満ちている。

 惜しむらくは、歌手達の声が吹き替え丸わかりだったこと。同じ口パクでも、「永遠のマリア・カラス」のファニー・アルダンはちゃんと喉の奥を開けて声帯を震わせていたというのに、ダイアン・クルーガーの歌はまったく声を出していないことがモロバレなので、興をそがれた。ダイアンは実に美しかった。その点はまったく非のうちようがないが、歌で手を抜いたのは減点だ。それに、戦場に響くソプラノの歌声がたった一曲「アヴェ・マリア」だけだったのも残念。

 劇場の予告篇を観たときには涙がぼろぼろこぼれたというのに、本編は意外にあっさりとしていて、むしろ肩透かしなくらい淡々としていた。やたら号泣を誘うような大仰な映画を期待しないように。静かなエンディングには、「ああ、いい話だった」としみじみとした感動に包まれる。反戦映画の佳作です。

JOYEUX NOEL
制作年 : 2005
上映時間:117分
制作国:フランス、ドイツ、イギリス、ベルギー、ルーマニア
監督・脚本: クリスチャン・カリオン
製作: クリストフ・ロシニョン
音楽: フィリップ・ロンビ 

出演: ダイアン・クルーガー
    ベンノ・フユルマン
    ギョーム・カネ
    ゲイリー・ルイス
    ダニー・ブーン
    ダニエル・ブリュール
    リュカ・ベルヴォー