吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

やさしくキスをして

 イスラム教徒とカトリック教徒の恋は成就するのか? 教会や職場や家族の圧力に愛は勝てるのか?
 社会派の名匠ケン・ローチ監督が作るラブストーリーは生半可じゃない。「やさしくキスをして」という甘いタイトルに背く重い恋愛映画だった
 舞台はスコットランドグラスゴー
 パキスタンからの移民2世であるカシムには親が決めた婚約者がいる。従姉妹である婚約者とは会った事もないが、9週間後には結婚式を挙げることが決まっていて、父はそのために自宅の庭に新居を建てているのだ。だが、彼は妹の先生であるクリスチャンの音楽教師ロシーンと恋に落ちてしまう。異教徒との結婚など親が認めるはずがない。家を飛び出したカシムはロシーンと同棲を始めるが、それを知ったカトリック教会からロシーンは批判され、「婚姻外のセックスは禁止だ、異教徒とは別れるかプロテスタントの学校へ行け」と責められる。カトリック系公立学校に教師として勤めるロシーンは、教区の神父から「信仰証明書」をもらって学校に提出せねばならないのだ。ロシーンにとってカシムとの同棲は失職や転勤という結果を生む。
 一方のカシムも、彼の婚約破棄によって姉の縁談が破談になり、イスラム教徒の社会で家族は孤立してしまうことになる。従姉妹との結婚を強要され、父親と衝突するカシム。二人の恋はどうなるのだろうか?
 グラスゴーというのは陰気で保守的な土地柄という先入観があるのだが、実際はどうなのだろう。公立学校勤務なのに教会の信仰証明書が必要だなんて、初めて知ってびっくりした。
 カシムとロシーンの結婚の前に立ちはだかる問題は日本では在日朝鮮人と日本人との国際結婚でいくらでも見受けられる話だ。「お前はいいよ、好きな人と一緒になって。だけど、お前のせいできょうだいの縁談がだめになる。親戚にも迷惑がかかる」。こういう物言いで在日との結婚に反対された日本人はいくらでもいるだろう。今でこそかなり結婚差別は減ったけれど、この映画の話はとても他人事とは思えず、身につまされてしまう。単に民族が違うというだけではない。「人種」も宗教も違うという点では日本での結婚差別とは比べ物にならない大きな壁が立ちはだかっている。
 カシムは家族をとるか恋をとるかで悩む。ロシーンに婚約者の存在を打ち明けることができず悩むカシム。「親なんか無視して自分たちの愛を貫けばいい」なんてことは簡単には言えないのだ。カシムには、パキスタン移民として苦労してきた父親の存在を否定することなどできない。移民一世たちは祖国に残った者よりいっそう伝統文化や風習に固執する傾向があるようだが、それが若い2世との摩擦を生む。
 ケン・ローチの視点はどちらかに偏ったものではない。両者の言い分をきちんと描いているだけに、わたしにはカシムの気持ちも親の気持ちも分かって、気持ちが重くなる。
 「永遠の愛を誓えるのか? 明日には弟を捨ててしまうかもしれないあなたとの結婚を認めるわけにはいかない」とロシーヌに詰め寄るカシムの姉にとって、クリスチャンのいい加減な恋愛よりも、家族との愛のほうが大事なのだ。この価値観の違いはいかんともしがたい。愛と愛が争ったらどっちが勝つのか?
 ラストシーンには思わず、「ええっ」と声を出してしまった。「なんでここで終わるの?」と言葉が口をついて出てくるほど、ほんとに、これでは一切なにも解決されていないではないかという不満の残るラストだった。この二人は幸せになれるのか? ケン・ローチは何も語らない。誰が悪いとも言わないし、こうするのが解決法だとも言わない。ずいぶん甘い終わり方のようにも思えるし、あるいはまた不安だらけのようにも思える。けれど、これだけは言える。「愛はすべてを越える」。あるいはまた、他者との葛藤は「愛がなければ越えられない」。
 希望のないところに希望を見出そうとするケン・ローチの思いにはいつも感動する。イスラム教徒とクリスチャンとの恋愛を通して、二つの世界の架橋の困難さを描いたケン・ローチは、9.11後の世界をわたしたちに気づかせる。
 私たちは歩み寄れるのだろうか? 自信と希望が揺らぐ、そんな時代に生きている。そのことをケン・ローチは厳しく示した、甘いキスとともに。(レンタルDVD)

JUST A KISS
制作年 : 2004
上映時間:104分
制作国:イギリス、ベルギー、ドイツ、イタリア、スペイン
監督: ケン・ローチ
製作: レベッカ・オブライエン
製作総指揮: ウルリッヒ・フェルスベルク
脚本: ポール・ラヴァーティ
音楽: ジョージ・フェントン
出演: アッタ・ヤクブ
    エヴァ・バーシッスル
    アーマッド・リアス
    シャムシャド・アクタール
    シャバナ・バクーシ