第二次大戦中、ドイツ軍は「エニグマ」と呼ばれるタイプライター様の暗号機を使っていた。これで発信した暗号のモールス信号を、別のエニグマ機で受信解読するのだ。エニグマ機は一万台を超える数が生産されていて、何台かはイギリス軍が入手していた。そして、暗号解読センターが設置されて、全国から集められた優秀な数学者・言語学者が日夜解読作業にいそしんでいたのだ。だが、その事実をイギリス政府は戦後も長い間、公表しなかったという。
この映画は、暗号解読に携わった天才数学者をモデルに、史実に基づいて作られた。
暗号解読センターの仕事を病気休職させられていたトム・ジェリコは、ドイツ軍がエニグマの暗号をある日突然変えたために、急遽仕事に復帰させられる。トムの恋人だったクレアが失踪し、彼女はドイツ軍のスパイではないかと疑いをかけられていた。クレアに振られて心を病んだトムは、なんとかクレアを探して彼女の無実を晴らそうと、クレアのルームメイトかつ同僚のヘスターと調査に乗り出す。いっぽう、ドイツ軍の新しい暗号はなかなか解けず、連合軍に危機が迫っていた……。
この映画は役者が異様に地味だ。演出の意図なのかどうか、もともと役者が持っている華やオーラをわざとそぎ落とさせたように見受けられる。トム・ジェリコ役ダグレー・スコットは「M1:2」で主役のトム・クルーズを食うほど魅力的で渋い悪役を演じたのに、今回は精彩がない。いかにも神経衰弱の悩める天才数学者という感じだが、覇気がなさすぎる。
「ディープ・ブルー」(レニー・ハーレン監督、99年)に主演した時は美しく精悍だったサフロン・バロウズも本作では「運命の女」的妖艶さがない。だから、「どんな男も虜にする魔性の女クレア」っていう設定に説得力がない。トム・ジェリコが彼女に振られて精神病院に入院するほどやつれ果てるのが解せない。
極めつけはケイト・ウィンスレットだ。ノーメイクにぶっさいくな眼鏡をかけておまけに丸々太って登場したもんだから、うちの夫は最後までヘスター役が彼女だと気づかなかった。「タイタニック」のときのあの美しさはどこへいった?? いや、さすがは女優。役柄に合わせてこんなふうに変身して登場するのだ。
というわけで、役者は暗くて地味でお話も静かで、まったくドンパチもアクションも何もない戦争映画。でもこれも一つの戦争の真実を描いているのだろう。カチンの森虐殺事件(ソ連軍が友軍ポーランド将校400人以上を殺して埋めた)が意外なところでからんだり、歴史にはいつも裏面史というものがあると感じさせる逸品。前半のジェリコの鬱鬱とした表情を見ているだけでジメジメしてくるのだが、謎が謎を呼ぶ展開はけっこう楽しめる。そしてラストシーンには計り知れない謎が残る。謎、汝の名は女。
スリルやサスペンスやアクションを期待してもだめです、いかにもイギリス映画。ミック・ジャガーが初めて制作したものらしいが、なかなか渋い選択だ。
制作年 : 2001
上映時間:119分
制作国 : ドイツ、イギリス
監督: マイケル・アプテッド
製作: ミック・ジャガー
ローン・マイケルズ
原作: ロバート・ハリス『暗号機エニグマへの挑戦』
脚本: トム・ストッパード
音楽: ジョン・バリー出演: ダグレー・スコット
ケイト・ウィンスレット
サフロン・バロウズ
ジェレミー・ノーサム
ニコライ・コスター=ワルドウ
トム・ホランダー
マシュー・マクファディン