吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ヒマラヤ杉に降る雪

 物語は歯がゆいほどに淡々と展開する。静かな映像、美しくうら寂しい冬の情景は、水墨画のよう。ハリウッド的な盛り上げ方もなく、アメリカ映画らしいジョークもない。わび・さびの世界を映画にしたような作品は、日本人になら受けそうだ。

 時は1954年、ワシントン州サン・ピエドロ島で漁師のカールが溺死した。状況証拠から、日系人のカズオ・ミヤモトが逮捕される。彼には若く美しい妻ハツエと、幼い子どもがいる。そして、そのハツエを法廷で見守る新聞記者イシュマエルの姿があった。
 法廷シーンに重ねて、イシュマエルとハツエの幼い恋が何度もフラッシュバックで挿入される。それは光と陰を見事に調和させた幻想的な場面だ。幼い二人が杉の洞の中で交わす口づけの場面では、映画ファンを痺れさせる映像美が堪能できる。決して派手な美しさではない。したたる雨粒、幼い無邪気さを象徴する、飛び跳ねる二人の影絵。そしてそれがいつしか重なって…。

 人種差別と偏見は、差別する側もされる側をもゆがめる。白人との交際や結婚を許さないハツエの母。そして決定的な別れが二人にやってくる。戦争が始まったのだ。日系人は財産を没収され、収容所へと送られた。引き裂かれたハツエはイシュマエルに別れの手紙を書く。そして日本人と結婚したのだった。
 戦場で傷つき、片腕を無くしたイシュマエルは、ハツエを憎みながらもやはり愛を断ち切ることができずにいた。そして、偶然手に入れたハツエの夫の無実を証明する証拠。イシュマエルは迷う。カズオを救うべきなのか?

 戦争の傷跡を悲しく悲しく、淡々と描いた秀作だ。戦争さえなければ、偏見さえなければ、結ばれたはずの二人。人妻となったハツエを愛し続けるイシュマエルの悲しく切ない瞳。イーサン・ホークがあんなにいい味をだせるとは思わなかった。脇役もみんないい。特に弁護士役のマックス・フォン・シドーはうまい。
 戦場でいかに人の心が傷つくか、それが癒されることがないか、繰り返し映し出される場面が如実に物語る。
 最後は静かな感動が胸に迫るのだが、同時に悲しい恋の切なさがこみ上げて、思わず涙する。あまりにも地味な映画なので、絶対にヒットしないだろうと思うけど、ぜひ見て欲しい一本。(レンタルDVD)

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Snow falling on cedars
1999年、128分、アメリカ合衆国
監督: スコット・ヒックス、製作: ハリー・J・アフランドほか、原作: デヴィッド・グターソン  (『殺人容疑』) 、脚本: ロン・バス、スコット・ヒックス、音楽: ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演: イーサン・ホーク工藤夕貴、リーヴ・カーニー、鈴木杏リック・ユーンマックス・フォン・シドージェームズ・レブホーンジェームズ・クロムウェルサム・シェパード